(←)白熱する10番ホームをとらえるテレビカメラ。
(←↓)15:53。文化放送の取材を受ける管理人(笑)
「あさかぜ」廃止の感想を問われ、「JRが寝台特急を『あきらめて』しまっているのがとても残念。食堂車の営業をやめ、車内販売もほとんど行われないなど、サービスの維持向上に努めて来なかったのは問題だ」と答えた。
ちなみに、この写真を撮ってくれた相棒は「また『あさかぜ』が走る日を待っています」とマスコミ受けしそうなコメントをしていた(笑)
〔写真提供〕H・T氏(東京都多摩市)
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EF65に引かれて入線する「あさかぜ」の客車。いよいよだ。 2005.2.28 東京駅
「次はあさかぜだ」。東京駅10番ホームには、「期待」とは少し違う、寂しさを帯びた緊張感が満ちていた。
次々に九州、中国地方へ向かう寝台特急が発車する10番線。今度発車する列車の客車を品川の東京運転区からホームに牽引して来るのは、その列車を牽引する機関車ではなく、その次に発車する列車を牽引する機関車だ。
その列車を牽引する機関車は、品川寄りにある待避線に待機していて、客車がホームに到着したあとに10番線に入り、客車と連結される。
「さくら」「あさかぜ」が廃止されるこの日は、この機関車の交代シーンが見られる最後の日でもあった。18::04に発車した「さくら・はやぶさ」の客車を10番線に牽引して来たEF66は、次の「あさかぜ」を牽引するのが役目。前面に「あさかぜ」のヘッドマークを付け、待避線へと向かう姿にホームから拍手が沸いた。
18:50。発車10分前、EF65に引かれて「あさかぜ」の客車が入線した。いよいよその時が近づいて来た。
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「あさかぜ」東京駅での最後の連結作業。
18:54、待避線からEF66がやって来た。なんと!僕の目の前がちょうど連結位置だった。右も左も後ろも鉄道ファンでぎっしり。張られたロープが切れるかと思うほど、連結作業を写真に納めようとするファンが殺到した。
作業員の的確な作業で、客車とEF66の連結作業は遅滞なく済んだ。あとは発車時刻を待つだけだ。
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拍手の中発車する「あさかぜ」 2005.2.28 東京
19:01。ピーッといつもの何倍も長い警笛が響いた。定刻を若干遅れて「あさかぜ」号は10番ホームから離れ始めた。群集の中から「ありがとう」「おつかれさま」の声が飛ぶ。13輌編成の最後尾、テールマークがホームを流れてゆくと同時に、大きな拍手が沸き起こった。ホームからも、列車の中からも手を振る人の姿。ほどなく、白く光るテールマークと赤いテールランプは緩いカーブの陰に消えて行った。
「あさかぜ」が去ったあとの10番ホームを、次に発車する「出雲」のヘッドマークをつけたEH65が移動すると、再び拍手が起きた…。
(←)「あさかぜ」の客車を10番ホームに牽引して来たあと、発車まで待機していたEF65。ホームからは「出雲も頑張れ」とばかり拍手が沸いたが、その「出雲」も1年後に廃止となる…。
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時間は定刻。いよいよ発車だ。
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長旅を終えてホームに降り立つ乗客ら
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EF66から切り離されたあと、反射板を後部に付け、回送される「あさかぜ」の客車
(↑)旅行会社が企画した最後の「あさかぜ」に乗るツアーの姿もあった。
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最後の上り「あさかぜ」を牽引したEF66が、ファンに見送られて東京駅をあとにする。
1956年に東海道本線全線電化完成を機に誕生した東京─博多間の寝台特急「あさかぜ」は、58年にそれまでの旧型客車から20系客車での運行となった。冷暖房、食堂調理設備などは当時としては大変豪華な設備で、「動くホテル」とよばれ、あこがれの列車となる。この20系客車は青に白のラインが入ったデザインで、ここから「ブルートレイン」の呼び名が生まれた。「あさかぜ」は元祖ブルートレインである。
70年には3往復となった「あさかぜ」だが、その後寝台特急の凋落が始まる。75年に山陽新幹線が博多まで開通し、「あさかぜ」は1往復が廃止された、その中で85年には牽引機がEF66になり、東京─博多間の所要時間が16時間19分に短縮された。
それでも衰退に歯止めはかかわらず、93年に食堂車廃止、94年にはとうとう東京─博多間が廃止され、「あさかぜ」は東京─下関間1往復となった。
そして05年3月のダイヤ改正。「あさかぜ」は半世紀の歴史にピリオドを打った。この改正を前後して他の九州寝台特急が併結運転にされてしまう中、「あさかぜ」は最後まで単独運転の姿を見せてくれた。
最後の上り「あさかぜ」は特製ヘッドマークを付けて3月1日のAM7:30、東京に到着。これで「あさかぜ」の歴史が終わったことになる。
多くの人の夢を乗せて東京から九州へ駆け抜けた「あさかぜ」「さくら」の姿を、僕は忘れない。
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保土ヶ谷─東戸塚 2005.2.28
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上り最終の「あさかぜ」が東京に到着した。2005.3.1 東京