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2008年9月27日

オ・デリス(福岡市中央区薬院)

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 先週、福岡に出張してきました。
 もちろん、仕事だけで東京に戻るなどという愚行をするわけがありません(笑)
 今回は、福岡のスイーツを楽しもうと思いました。

 18日、仕事を終えたあとに、いざケーキ屋さんへ。
 この前博多祇園山笠を見に行った時に書店で買った、「福岡 とってもおいしいケーキ屋さん」というガイドブックを頼りに、おいしそうでかつ店内で食べられる店を選んで、期待を胸に天神からバスに乗りました。

 少食の僕ですが、めったにない機会だからこの日は2軒行こうという気持ちで、南薬院というところでバスを降りて1軒目の店の前に行くと...。
 「移転のため閉店」の貼り紙(笑)
 「うーん、しかたない。こんなこともある...」

D70_2604-m.jpg すると、道すがら電柱に「あやこさんちの浄水通りプリン」という貼り紙広告が(笑)
 よくわからないけど、ケーキにありつけなかったことだし、転んでもただでは起きぬとばかり、その店へ。
 洋品店なのに、手作りプリンを販売しているという変わった店でした。
 230円のカスタードプリンは、なかなかの味。でも、わざわざ取り寄せるほどではないかな。

 バスで戻り、今度は渡辺通というところのキャラメル味を売りにしている店へ。
 ところが、その店が入っているはずの商業ビルに行くと、フロアガイドに名前がない...。
 あせり、携帯で調べてみると、「移転」...。

 いずれの店も、この本の出版後に移転したのでしかたないとはいえ、この本を買ったのはちょっと損した気分です(笑)

D70_2610-m.jpg 3軒目にしてようやくケーキにありついたのが、写真を掲載している、「オ・デリス」という店。フランス人パティシエが福岡で開いた店です。
 薬院駅の近く。渡辺通から歩いて行きました。

 ケーキをはしごできなかった悔しさで、2品注文(笑)
 桃を使ったロールケーキと、シフォンケーキです。
 どちらも、優しい甘さと食感で、とても美味しい。また来たいと思いました。

 ただ、この店は甘さ控えめが特徴。クッキーなどの焼き菓子も買い、美味しければ紹介しようと思っていましたが、こちらは全体的に甘さを抑え過ぎ。
 ちょっと度を越した「甘さ控えめ」だったので、残念ながらおすすめできません。こちらはケーキがいいようです。

2008年7月14日

追い山前の流れ舁き 2008年博多祇園山笠

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 今日14日は、明日の「追い山」を前にした最終調整ともいえる「流れ舁(か)き」です。
 夕方から各流の町域内で、山が舁かれました。追い山にもひけをとらない、祭りの大きな見どころです。

 昨夜の飲み過ぎの影響で、今日は10時過ぎに起床し、シャワーを浴びて正午ごろからようやく行動(笑)。
 昨夜のこともあるので、軽くランチしようと、ある喫茶店を目指しました。
 それは、「シャコンヌ」という、クラシック音楽を聴くことのできる老舗喫茶店。母が若い頃よくいっていたと話を聞いていたので、一度行ってみたかったのです。
 行ってみたら、なんとも残念なことに店は今年3月で閉店していました。こんなことなら、昨年9月に福岡に来た時に行っておけばよかった…。

DSC_2804-m.jpg  昼食は、行き付けの「吉塚うなぎ屋」でとることに。やはり昨夜の影響か、うな重を食べ切るのにやっとでした。
 でも、相変わらずうまい。特に飯の炊き方が理想的なまでに僕好みです。

 今回は飛行機なので、地下鉄で通過するだけだった博多駅に行ってみたら、あの見慣れた駅ビルがすでに取り壊されてなくなっていました!
 なんという不覚。昨年暮れに壊されたそうです。駅ビルの建て替え前に写真に撮っておきたかったのに。福岡のニュースのチェックが甘かった…。

DSC_2676-m.jpg  天神に戻って、何度来ても歩きたくなる天神地下街などを歩き、福ビルの「ガトー風月」でショートケーキやマドレーヌなどを買うと、もう夕方に。買ったものをホテルに置いて、出撃しました。

 ホテルから比較的近いエリアの大黒流、土居流、西流の3つに狙いを定めて撮ろうとしましたが、そう甘くはありませんでした。
 大黒と土居の2つをおさえるのが精一杯。西までは手が回りませんでした。

 それぞれの流の町域内で、「オイッサオイッサ」の掛け声とともに山が辻々を巡ります。
 左右の沿道からはひきっりなしに勢い水(きおいみず)がかけられ、男たちと山を冷やします。

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 やはり、山笠を撮るのは難しい。山が動く速さが速いのと、男たちの人数が多くてうまい具合に構図をつくるのに苦労します。
 今回、自宅を出る時にカメラマンベストを着るのを忘れてしまいました。
 致命的なほどの損害はないのですが、とっさにレンズをしまえるベストを着られなかったのは、結構痛いです。
 あと、やっぱりサブカメラが欲しいと思いました(笑)。こういう撮影の時にはレンズ交換している時間はありません。

DSC_2764-m.jpg  それぞれの流の舁き山はお膝元の町内を巡ったあと、山小屋に戻っていきました。
 あちこちの詰所では、流れ舁きを終えたあとの直会(なおらい)が開かれていました。
 博多祇園山笠は、明日いよいよ「追い山」です。

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二つの出会い

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 昨日13日は、山笠は「集団山見せ」という行事の日。本来博多の祭りである山笠が、那珂川を渡って福岡市役所の前まで舁(か)かれるというもの。
 1962年から福岡市の要請で始まりました。観光色の強い行事です。

 僕はこの日、自分が幼少期を過ごしたところを訪れました。福岡へ帰った時はほぼいつもそうしています。
 そこで、幼児のころ多くを一緒に過ごした幼なじみの2人の女の子のお宅の呼び鈴を押しました。事前の連絡はなしです(笑)

 すると、まず1人目のお宅ではお母さんが出て、名前を名乗るとすぐに思い出してくれました。玄関先で一しきり話に。「よく訪ねてくれた」と喜んでくれました。
 そこの子は結婚して2児の母になっているとのことでした。

 2人目のお宅では、本人もいて22年ぶりに再会!さすがに街でばったりあったらお互いわからないくらい大人になっていました(笑)彼女も近々結婚の予定があるとのこと。残念w

 そのお宅でしばらく話をしたため、夕方の集団山見せはほとんど間に合わず、最後の7番山笠・土居流が市役所前に入るのを見たのが精一杯でした。でも、ほかには代えられない時間を過ごせてよかったです。

200807132107000-s.jpg  その夜は、夕食は屋台のラーメンにしようと天神へ。のれんをくぐってラーメンとビールを頼むと、先客に2組の夫婦がいて楽しそうにしていました。友人どうしの4人は、いつも一緒に飲むのだけど、今日は天神でばったり出会ったのだとか。

 ほどなく、一人でラーメンをすすっている僕にも声をかけてくれ、話の輪の中に。
 福岡生まれであることや、山笠を見に来たことなどを話すと、「飲まんといかん」と、焼酎を勧められました(笑)
 話をするうちに、なんと、両方の夫婦の女性はどちらも西鉄バスの運転士だというがわかり、西鉄バス好きの僕は興奮(笑)方向指示幕のLED化などマニアックなことについて話を聞いたりして盛り上がりましたw

 僕のあとに入って来た、富山から来たという夫婦も交じり、初めて顔を合わせた7人が愉快に語り合う。まさに博多の屋台を満喫しました。
 しかも、僕とその富山の夫婦のお代までごちそうして下さいました。自分の分を払おうとすると、「いつか、こういうつながりでまた誰かにごちそうしてやり」。〝博多もん〟の心意気を感じました。

 ビールに焼酎2杯は、ひ弱な僕にはきつかったようで、ホテルに戻ってから少々辛い目に(笑)。
 それはさておき、山笠撮影は一休みでしたが、うれしい二つの出会いがあった一日でした。

2008年7月12日

追い山ならし! 2008年博多祇園山笠

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 僕は今、生まれ故郷の福岡にいます。
 福岡というよりも日本を代表する伝統行事、博多祇園山笠を5年ぶりに観に、そして撮りに来ました。

 山笠は、福岡の博多で700年以上の伝統を誇る行事です。
 櫛田神社の氏子たちによる奉納行事で、かつての町割りに起源をもつ「流(ながれ)」という区域ごとに山笠とよばれる山車を担ぎ、地域を巡ります。
 山車といっても車輪がなく、舁(か)き手たちが担ぎ、その速さを競うというもの。
 「オイッサオイッサ」という掛け声とともに山が駆け抜け、沿道から「勢い水(きおいみず)」が掛けられるさまは、見ているだけでも血が沸き立つようです。

DSC_2109-m.jpg  7月に入ると福岡はこの祭り一色に染まり、いよいよ夏本番が告げられるのです。
 とりわけ、山笠が動き出す10日から、クライマックスである「追い山」の15日にかけては、祭りの興奮は最高潮に達します。

 福岡市に生まれながら、そこで過ごした8年間に一度も山笠を見たことがなかった僕は、2002年に初めて見る機会を得ました。
 その時に見たのは、10日の「流れ舁き」。行事中初めて「山が動く」日であり、各流の区域内でそれぞれ山が舁かれます。
 たまたま仕事で福岡を訪れたついでだったので、その日だけしか見られなかったのですが、その魅力にとり憑かれました。その時の写真は、僕のホームページの「君住む街へ」で紹介しています。当時の撮影枚数の少なさに驚きますね(笑)
 その翌年には初めて、12日以降の「追い山ならし」や最後の「追い山」を見ました。

DSC_2174-m.jpg  それから5年。その間に仙台にいたこともあり、久しぶりとなりました。5年前と比べて成長したカメラマンの目でぜひ見たいという思いで、飛行機に飛び乗ったわけです。

   実は、先週日曜からどうやら風邪のようで、連日頭痛が続き、今日を迎えてしまいました。
 幸い、というか、山笠に対する情熱のせいなのか、今日はやっと頭痛が引いてなんとか山笠を楽しむことができました。

 久しぶりということで、今日はやっと山笠の感覚を取り戻した気分です。
 病み上がりのため体力が低下していて、重いカメラ機材を抱えて山を追ってのダッシュは鈍いものがありましたが(笑)。
DSC_2320-m.jpg  山を舁いて火照った体を勢い水で冷やす男たちには及ぶべくもありませんが、こちらも見て、撮って、走って、水がかかったわけでもないのに自分の汗でびしょ濡れでした。

 5年の間に、D2Hを飛び越えてD3での撮影となりました。全幅の信頼をおけるカメラであり、なんとも頼もしいものです。
 しかし、このカメラをもってしても、一瞬で表情が変わったり、群衆となった男たち同士が目まぐるしく位置関係を変える状況では、思い通りの撮影とはいかないものです。
 撮っている時は夢中。カメラと脚立を抱え、息を切らして走り、あとで見た時に「この一瞬」を切り取ったといえる一枚を願ってシャッターを切り続けました。

DSC_2314-m.jpg  今日は「追い山ならし」といって、15日早朝のクライマックスである「追い山」のリハーサルのような行事。
 リハーサルとはいいえ、期間中2番目の盛り上がり。舁き手たちも、観客も、相当の意気込みです。
 最初は櫛田神社前に陣取りましたが、一番山笠がスタートする1時間半前から待ち続けました。

 明日の行事も夕方から。行事も最も緩やかな「集団山見せ」です。
 今夜はゆっくり寝て、体力を回復したいところです。

2007年9月 7日

故郷で迎えた誕生日

D20_7360.jpg 福岡出張の2日目は、僕の誕生日でした。それも、年齢の10のケタが変わる、人生でも節目の誕生日でした(笑)。
 そんな日を故郷の福岡で迎えることができたのは、偶然とはいえ福岡との強い結びつきを感じます。

 今日は仕事を首尾よく終えて(笑)、午後に時間が生まれたので、僕が生まれ育った福岡市を歩いて来ました。
 昼過ぎに特急「ソニック」で小倉から博多へ。奇抜な内装デザインで有名な振り子式特急電車の883系です。座席の居住性はなかなか優れています。

D20_7295.jpg 博多から西鉄バスで中洲へ。昼ご飯に何を食べるか、選択肢は無数にありますが、数年ぶりに吉塚うなぎ屋本店でうな重を食べることにしました。
 珍しく豪勢にうな重の特上を。前回と変わらずとても美味しかったです。
 もちろん国産で肉厚のうなぎが、表面はカリッと、中はフワッとした食感。ご飯、タレと別に出てくるので自分でタレにつけてご飯の上へ。このタレも濃厚だし、なんといってもご飯がまた美味しいのです。
 どんなにうなぎがよくても、ご飯が柔らかかったりしたら台無しです。ここのうな重はご飯も最高。今のところ、僕が食べた中で一番美味しいうなぎ屋です。これで2400円なら高いとは思いません。
 今思えば、自分への誕生日のお祝いといったところでしょうか(笑)。

 うな重のあとも少し腹に余力があるということで、母が若い頃よく食べに行ったという、宇治金時のかき氷を目指して六本松にある「兎月」という和菓子屋へ行くことに。
D20_7304.jpg 吉塚うなぎ屋から猥雑な中洲歓楽街を抜けて天神へ出て、地下街を通って地下鉄七隈線に初乗車しました。天神南駅から六本松駅へ。昔は天神から六本松へ行くとしたらバス以外考えられなかったのですが。
 兎月のかき氷は山盛りな上に、金時がたっぷりでボリューム満点。うな重のあとではさすがに重く、店を出たあとしばらく胃もたれとたたかうことになりました(笑)。

 福岡に帰ると、毎回のように訪れるのが、僕と両親がかつて住んでいたところです。生まれて最初の記憶の地です。
 個人的な旅行であったり、祖父母の不幸であったりと、ここ10年くらいはほぼ毎年福岡に帰る機会があり、この思い出の土地にも何度も足を運んでいるのですが、今回は大きな変化が。
 昔住んでいたアパートがとうとう取り壊されて駐車場になっていました。最初に住んだ家がなくなっていたというのは寂しいものです。でも実は、そんな感傷にひたる余裕はなく、まだうな重と金時の胃もたれとたたかっていました(笑)。

D20_7341.jpg 昔通学したのと同じ道を通って小学校へ。小学校正門のすぐ近くに長らくあった文房具店は以前から店をたたんでしまっていた様子でしたが、最近まであった看板がはずされていました。これも寂しいことでした。
 子どもたちはとうに下校したあとの時間だったので、ちょいと学校内におじゃましてきました。自分の母校に立ち入るのも少々落ち着かない、いやなご時世ですが。

 バスで天神に戻り、いつものように福岡の老舗デパート岩田屋の地下でチロリアンと北島の丸ぼうろを購入。これがないと生きていけないお菓子です(笑)。
D20_7369.jpg 天神の交差点は相変わらず西鉄バスがひしめきあっていました。
 しかし、目の前を行く西鉄バスを見て今回僕は激しく落胆しました。方向指示幕(バスの行き先表示)がほとんどLED化されていたのです。見たところ90%以上でしょうか。
 僕は方向指示幕のLED化が大嫌いなのです。見比べてください。幕のほうが美しいとは思いませんか?(笑)。視認性も幕のほうが優れていると思うのですが…。
 本当に、僕は天神の交差点でがっくり肩を落としていました(笑)。

 仙台を名残惜しくも離れて、かつて暮らした近くの葛飾・亀有での生活が始まったと思ったら、故郷の福岡へ出張。状況の変化に気持ちがついていっていない感じもします(笑)。
 今回の記事を読んで、福岡に遊びに行ったと思われるかもしれませんが、とんでもありません。
 きちんと予定どおり仕事をして、それ以外の時間のできごとだけを書いてあるのです。どうか誤解なさいませんように(笑)。

2007年9月 6日

いきなりの出張、それも福岡

D20_7276.jpg 仙台から東京へ3年ぶりに戻り、新しい生活が始まっています。
 あの東北夏祭り巡りの更新ラッシュ以降、今度は異動・引っ越し準備「など」で猛烈に忙しく、ブログの更新が足踏みしています。ファンのみなさん(笑)、どうもすみません。
 東京に移ってからもあまりに毎日忙しいことに加え、自宅でまだインターネットへの接続ができておらず、更新できない状況でした。

 新しい部署に移ってまだ慣れない毎日で、帰宅しても時間がなく疲れていて部屋の片付けはいっこうに進んでいません。引っ越しして4日目にやっと食器洗剤やスポンジが発見されるなど、通常の生活がまだできていません。食器が洗えなかったので自炊もまだしていません。

 そんな状況の中、早くも出張を命じられました(笑)。出張先はなんとわが故郷の福岡。仕事で福岡に来るのは初めてです。
 福岡は福岡でも、今回の仕事先は北九州市の小倉です。福岡に8年住んでいましたが、実は北九州市を訪れるのは初めてです(!)。訪れるといっても、小倉駅と仕事先を往復するくらいですが…。

 今朝、航空機で福岡空港へ。相変わらず羽田空港は遠い…。
 福岡便は満員御礼。東京から福岡へ行く人ってこんなにいるのか、と思いました。
 航空券をとったのが昨日だったためか、座席指定も出遅れ、後方の真ん中という最悪の席になりました。
 寝不足なので仕事中に眠くならないよう、移動中に少しくらい眠りたかったのですが、そもそも航空機というものが落ち着かない。
 ここは僕の居場所ではないという感じです(笑)。その上、両端を別の乗客に挟まれ、座席は窮屈だし、一睡もできないばかりか少しも眠気を感じることができませんでした。

 いつものことですが、航空機を降りて空港を出てもしばらくここが福岡という実感がありません。
 つくづく、航空機というのは旅を実感させない乗り物です。全く好きになれません。
 対照的に、そのあと小倉に移動するために乗った列車の中では落ち着き、少し眠気に襲われました(笑)。

D20_7271.jpg とにかくいきなり福岡行きを命じられ、いつもなら故郷に帰ることを喜ぶのですが、今回は心身ともに余裕がありません。
 それでも、北九州に行くなら折尾のかしわめしを食べない手はない、と思いついて、ちょうど昼時に折尾駅で購入。
 鹿児島本線のホームで首から箱をかけたおじさんが駅弁を売っていました。今はほとんど見ることのできなくなってしまった光景ですね。
 小倉のかしわめしは3年前に食べたけど、折尾のかしわめしも美味。米沢の「牛肉どまんなか弁当」に豪華さでは一歩譲るけど、違った魅力があります。

 小倉のホテルは軒並み満杯のようだったので、今夜は工業の町、八幡に泊まっています。

2007年3月27日

久しぶりにやや体調不良

 仙台に来てからほとんど病気もなく、体調が悪いことも少ないのですが、今日は珍しくややいまいちです。
 一昨日と昨日、福島のいわきに出張してきて、今日は日中から少し寒気と軽い頭痛がしています。まあ大したことはないので今夜ゆっくり寝れば大丈夫だと思います。
 このところ仕事が忙しくなってきたので、少し疲れ気味なせいだと思います。

 帰宅して、そういう調子なので折りたたんだ布団に寄りかかりながらなんとはなしにテレビを。
 めったにバラエティ番組を見ることはないのですが、チャンネルを回していたらTBS系で今度始まるドラマの番宣を兼ねて出演者の上野樹里、織田裕二、大竹しのぶらが東京の美味しい店を食べ歩くのをやっていて見入ってしまいました。

 お好み焼き、たこ焼き、親子丼、チゲ鍋、黒蜜カキ氷と、それはもうよだれが出るような映像の連続でした(笑)。

 それが終わったと思ったら、そのまま同じ番組内で今度は元日本ハムの新庄が故郷福岡の思い出を訪ねるという企画が始まり、さっきのグルメ以上に見入りました(笑)。

 幼い頃に住んでいた家、母校の小学校、八女の西日本短大附高やラーメン屋など、いずれも新庄は初めて再訪したということでそれも驚きました。
 家庭が貧しかったので、道具を大事にしようと思うようになったことや、家計を案じてラーメン屋でも安いメニューばかり注文していたことなど、色々なエピソードが聞けました。
 福岡の懐かしい地名や街並みが何度も映ったのも楽しかったです。

 テレビを見たあと、鶏肉と卵とねぎのおじやを作って食べました。
 日記だなあ(笑)。

2006年11月29日

「ひよ子」について

 福岡のお菓子「ひよ子」がニュースになりました。その名の通りひよこの形をした饅頭のような和菓子で、僕は福岡に住んでいた頃よく食べたものですし、「ひよ子」の店のそばを通ったものでした。

 ニュースになったのは、「ひよ子」がその形の立体商標登録を認められていたものを、取り消す判決が知的財産高等裁判所で出されたというものでした。
 そもそも、商標の一つとして立体的形状があるということを今まで知りませんでした。
 裁判長はひよこの形状を「単純なもので、ありふれている」と判断したとのことですが、僕はこの判決を支持します(笑)

 さて、「ひよ子」については是非いわなくてはいけないことがあります(笑)それは、「東京みやげ」問題です(笑)
 「ひよ子」は、福岡の製菓会社が多数生まれた筑豊地方の一つ、飯塚市発祥のお菓子です。生まれたのは1912年といいますから、ずいぶん古いんだなと少し驚きます。
 それが戦後少しして福岡市内に進出したようで、僕なんかは始めから福岡(市)のお菓子として親しんだわけです。
 そして、「ひよ子」は僕が生まれるずっと前、1964年頃にもう東京に進出していたんですね。これは今回調べて知って意外でした。

 僕の一家は1986年に福岡市から東京に引っ越してきました。東京に来ると、東京駅で「ひよ子」が売っていて、しかも「東京みやげに…」との謳い文句がありました。
 僕と母は驚くとともに、 「何が東京みやげだ」と反発したものです(笑)その気持ちは今も変わりません(笑)
 今回この記事を書くために調べて意外だったのは、「ひよ子」が東京に進出してからもう40年以上もたっているということです。それでも、福岡の誇りを捨てて「東京みやげ」などと名乗っていることは許しません(笑)

 ただ最近、東京駅の販売コーナーから「東京みやげに…」という文句が消えていることに気づきます。この前の週末に東京に行った時にも気をつけて見てみたのですが、その文句はありませんでした。
 これは「福岡のお菓子なのに」という反発を受けたものなのか(笑)、それともあえて名乗る必要もないくらい「東京みやげ」として定着したからなのか、わかりません。

 もう長くなってますが、ついでにもう一つ(笑)。「ひよ子」と並んで有名な福岡のお菓子(メーカー)といういい方をされているのが千鳥屋の「千鳥饅頭」です。
 これも同じく飯塚市の発祥で、東京などにも進出しています。こちらは「東京みやげ」と称したりはしていません(笑)。
 僕は、「ひよ子」よりも「千鳥饅頭」のほうが圧倒的に美味しいと思っています。「千鳥饅頭」と、洋菓子の「チロリアン」は僕が最も愛しているお菓子です(笑)。これは本当に美味しいです。
 千鳥屋も「ひよ子」と同じように東京にグループ会社があり、半ば独自のメーカーとして商品を出しています。
 これはマニアックな話になりますが、「薄露」という、あずきを寒天で固めたお菓子が東京では「東京あずきグラッセ」という名前で売られている(今は、「東京あずきグラッセ薄露」という名前になっている(笑))のには多少反発を覚えますが(笑)。

 話をまとめると、僕は福岡の真の二大製菓会社は「千鳥屋」と「さかえ屋」だと思っています(笑)。

2005年3月23日

福岡の地震その後

 地震のあった福岡。幸い、祖父のところに被害はありませんでした。地震の起きたその時、祖父は親戚と寺にいたそうですが、その寺はなんと繁華街の天神にあります。天神では「福ビル」の窓ガラスが割れました。

 玄海島のみなさんは九電体育館というところに避難されていますが、その体育館も小さい頃からなじみがある名前ですし、母の高校以来の友人がそこで働いています。ひっきりなしに鳴る電話の対応に追われているそうです。

 都市部では幸い大きな被害がありませんでしたが、予想もしなかった故郷での大地震。テレビや話を通じて、なじみ深い土地の様子を見聞きするにつけ、驚きを覚えます。

2005年3月20日

福岡で地震

 今日はアメリカ、イギリスによるイラク侵略開戦から2周年、地下鉄サリン事件10周年でした。
何を書こうかと思っていたら、故郷・福岡で観測史上最大の地震がおきました。

 テレビには天神の通称「福ビル」の窓ガラスが割れ、飛散した映像が。玄海島は深刻な被害が出ています。被災された方々に心からお見舞い申し上げたいと思います。