2010年6月アーカイブ

2010.06.19(土)

日記

一部の友人のみなさまには既にお知らせしましたが、4月25日午前に母が亡くなりました。
2008年以来、パーキンソン病で入院、闘病中でした。
今までも何度か肺炎を併発したことはありましたが、今回は乗り越えることができませんでした。
62歳でした。
しかし、母が精一杯頑張ってくれた結果だと思います。

僕はその日、新しい米軍基地建設に反対する沖縄の歴史的な県民大会の場にいました。
沖縄へ発つ前日の19日夜に見舞った時点で、母は呼びかけても受け答えができませんでした。

母は、自分より人を優先し、悪い政治や理不尽なことを憎み、優しい心を持つ人でした。
僕は母から顔かたちや、知らず知らずのうちにものの感じ方の多くを受け継ぎました。

僕に何かよいところがあるとすれば、その多くは母から受け継いだものであり、母の子だからこそ今の自分があります。

急遽東京に戻っても母と会話できないことにかわりがないなら、その歴史的な場面で役割を果たさず帰京しては、むしろ母の意に反すると思い、大会を見届けました。
そのこと自体には後悔はありません。

母は細く弱い体で、僕をよく産み育ててくれたものだと思います。
僕は27歳になる時まで実家で生活しました。一人暮らしをする直前には、今まで母に任せ切りだった家事を習いました。
母はその人生の半分近くを僕という人間を育てるために費やしてくれたわけです。
僕のものの感じ方は母のそれであり、自分の一番の幸せは僕の活躍だといってくれた母の言葉を思うにつけ、僕という存在そのものが母の生きた証だと思えてなりません。
そしてこれから、仲間のみなさんとともに、僕がよりよく生きていくことがまた、母が生きた証になると思っています。

ようやく僕という子がその手から離れ、母自身がもっとさまざまなことを楽しんで暮らしていけるという時にその生涯を閉じたことは残念です。
僕がその後どう歩んでいくかを、もう10年、20年見届けてほしかったと思います。 

ブログの更新がしばらく止まっていた理由はこれだけではありませんが、今後また再開していきたいと思っています。
どうぞ、これからもよろしくお願いします。

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