2009年9月アーカイブ

2009.09.24(木)

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 江戸時代の宿場町を思わせる、妻籠の街並みです。
 ここは、全国に先駆けて住民らが街並みの保存に取り組み、「売らない、貸さない、壊さない」の原則を守り通してきました。
 この努力により、1976年に国指定の重要伝統的建造物群保存地区の第1号の一つとして指定され、住民運動による街並み保存のモデルケースとして全国に影響を与えました。

090909_NIKON D700_0084-m.jpg  なんと、この日偶然に、当初から運動に深く関わっている伊藤伸三・南木曽町議(副議長)とお会いし、お話をお聞きすることができました。

 明治時代の鉄道敷設の時に、農作物が機関車の煤煙で汚れるのを嫌った住民たちが反対して中央本線の駅が妻籠と馬籠には設置されず迂回したことが、のちのちまで古い街並みが残ることにつながったとの興味深い逸話も、伊藤さんのお話で知りました。

 伊藤さんが経営する土産物屋「あぶらや」の奥に上げていただき、栗や木曽福島の新鮮なとうもろこしなど美味しいものまでごちそうになってしまいました。

090909_NIKON D700_0111-m.jpg 「いまだに妻籠は『夜明け前』の世界のまま。若者が出て行ってしまい、子どももほとんどいません。これから20年、30年後どうなるか」と、宿場町の将来を心配する伊藤さんのお話に、僕もやるせない気持ちになりました。
 どうか、この美しい街並みを後世に残すための答えを見つけたいものです。

 ためになるとともに楽しいお話をしてくださった伊藤さん夫妻に、再訪を約束しました。

(続く)

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2009.09.23(水)

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 この連休に京都に行っていたため、また更新が空いてしまいました。

 この旅のメインともいうべき、中山道・妻籠宿です。
 8日の夜に民宿・下嵯峨屋さんに泊まりました。
 夜20時も過ぎると、通りはほとんど人影が見えなくなります。浴衣と下駄で、かつての宿場町の面影そのままの街並みを歩き、涼しい風に吹かれました。
 静かな中に、近くで祭礼のための太鼓の練習が聞こえてきます。
 印象的な夜でした。

 

090909_NIKON D700_0026-m.jpg 9日の朝、下嵯峨屋をあとにして妻籠を本格的に観光。でも最初は、宿場のメインストリートをはずれて小高い山のほうへ。
 少し前に廃校になってしまった、妻籠小学校をのぞいてきました。

 映画に出てきそうな、とても味わいのある木造校舎。
 撮影意欲を刺激されました。

 

 校庭から眺めた体育館も、なんともいえない雰囲気です。木の温もりってすごいですね。
 地面から背丈が伸びた草が、ここを走り回る子どもたちがいないことを物語っていました。

(続く)

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2009.09.15(火)

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 8日の午後に歩いたのは、旧明智町の街並み。明治末期から大正期にかけての建物が多く残っています。
 米蔵と呉服問屋の蔵が立ち並ぶ路地。絵になりますね。

 

090908_NIKON D700_0124-m.jpg  現在の岐阜県山県市に生まれた、丸善の創業者・早矢仕有的(はやしゆうてき、変わった名前ですね)がハヤシライスの生みの親だという説があるそうで、山県や恵那のあたりではハヤシライスを観光資源の一つとしていることを知りました。

 見物の途中で、「庵道」というカフェでハヤシライスを。普通、牛肉を煮込むものですが、ここのは焼いたものをあとから乗せた、ちょっと変わったハヤシライスでした。

 

090908_NIKON D700_0133-m.jpg  味のある建物がたくさんありました。
 小学校のように見えますが、元病院。現在はお年寄りの脳の活性化をはかる療法を行う施設、「回想法センター」として使われています。

 

090908_NIKON D700_0153-m.jpg  元小学校はこちら。白いとても可愛い建物ですね。
 今は無料の絵画館として使われていて、この時も個展が開かれていました。

 

 

090908_NIKON D700_0243-m.jpg  明智をあとにして、夕方、中山道の宿場町・妻籠に入りました。
 以前から行きたいと思っていたあこがれの地です。

(続く)

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2009.09.14(月)

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 旅の初日の夜は恵那に宿泊。通過しかしたことのなかった岐阜県に初めて泊まり、これで経県値は186に上昇しました。

 2日目の8日、再び明知鉄道に乗り、阿木駅で降りました。駅の前は美しい田園風景。立派に実った稲穂が風に揺れていました。

090908_NIKON D700_0038-m.jpg  阿木駅は木造の駅舎も魅力。僕好みの、落ち着いた佇まいでした。

 そんな駅ですが、すぐ近くに阿木高校があり、通学時間帯は大勢の生徒たちが乗降します。

 明知鉄道は高校生だけでなく、お年寄りなど利用客の姿が多く見られました。
 利用状況に少しはほっとしたものの、利用客数は以前より減少しています。毎年赤字が続いており、恵那市と中津川市が補填しています。

 この路線は、国鉄明知線を経営分離して1985年に第3セクター化したものです。
 そもそも、赤字路線を鉄道ネットワークから切り離したことが誤っています。
 沿線住民に赤字の負担を押し付け、利用客の多い路線はもうけの道具にする。国鉄分割民営化に改めて怒りを覚えます。

 阿木から終点の明智へ。これで明知鉄道も完乗となりました。

090908_NIKON D700_0192-m.jpg  旧明智町(現恵那市)は、町に散在する大正期の洋風建築を積極的に観光資源に生かしています。
 その玄関口の明智駅。駅舎の入り口も、おしゃれな工夫がされています。
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   終点の明智駅に着くと、奥の車庫に入ってゆく車輌。
 車庫には、現在予備的にしか使われていない「アケチ6形」の姿もありました。

(続く)

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2009.09.13(日)

090907_NIKON D700_0007-m.jpg 岩村へは、恵那から明知鉄道に乗って行きました。
 明知鉄道は初乗車です。

 恵那駅で岩村行きの切符を購入。硬券です。しかも、「9.7」の記念すべき日付印入りです(笑)。

 岩村駅で列車を降りたあと、ホームで手旗を手に列車を見送る駅員さんの後姿を。
 このアングル、相変わらず好きです。 

 

 

090907_NIKON D700_0220-m.jpg 城下町と山城を歩いて駅に戻って来たのは夕方。傾いた陽光が駅舎の床を照らします。
 「岩村驛」の文字、木の引き戸が温かい。

 

 

 

 

 

090907_NIKON D700_0240-m.jpg ホームには、2004年まで使われていた腕木式信号機のレバーが。
 くりはら田園鉄道を思い出します。

 今も近くの線路脇の信号機を実際に動かせるようになっており、許可を得れば乗客が操作できるようになっています。全国的にもきわめて珍しいと思います。
 残念ながら、この時は操作可能な時刻を過ぎていました。次に来た時は操作したい!

(続く)

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2009.09.12(土)

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 城下町から、岩村城を目指しました。
 海抜717m。日本三大山城にも数えられた、この城の要害堅固さを体験するため(笑)、20分ほどの山道を歩きました。

 

090907_NIKON D700_0166-m.jpg  本丸跡からの眺め。天守はもともとなく、櫓などの構築物も明治の廃城令で解体されました。石垣などが今に歴史を伝えます。

 石垣は、あるところは、形をきれいに四角に整えて積む「切り込みハギ」が、それ以外の部分は、石の角を落としてある程度形を整えて積む「打ち込みハギ」といったふうに、積み方が混在しているように見えます。
 城の修築年代による、積み方の違いでしょうか。

 

090907_NIKON D700_0170-m.jpg  重いカメラ機材を担いで、汗を流して感じた山城の堅さでした(笑)

(続く)

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2009.09.11(金)

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 忙しく、更新が久しぶりになりました。3日に関西出向から東京に戻りました。
 遅い夏休みを使って、7-10日に、岐阜の岩村と明智という小さな町と、中山道の有名な宿場町である妻籠と馬籠に行って来ました。

090907_NIKON D700_0083-m.jpg まず向かったのは、城下町・岩村。恵那から初めて明知鉄道に乗りました。
 トップに掲げたのは、江戸後期の商家・勝川家です。天井に屋久杉が使われていました。
 木造2階建ての建物は、恵那市の文化財に指定されています。(岩村は、合併で恵那市になってしまいました)

 なお、岩村の街並みは、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。

090907_NIKON D700_0093-m.jpg 老舗の水野薬局には、年季物の看板がありました。

 

 

090907_NIKON D700_0096-m.jpg 大きな甕が客を迎える岩村醸造。建物は築約300年です。
 日本酒「女城主」は、戦国時代の岩村城の城主遠山景任の妻が、夫の病没後幼い養子に代わって城を治めたとの言い伝えに由来しています。

 「女城主」純米吟醸を買い求め、この夜は恵那のホテルで飲みましたが、少し飲み過ぎ、頭痛になってしまいました(笑)

 

090907_NIKON D700_0185-m.jpg 女城主の町であることにちなみ、店、家の軒先にはその家の「女性主人」の名を記した青いのれんがかかっています。
 入り口に花や造花を飾ってある家も目立ちました。

(続く)

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