先日の島根~京都出張の途中、ちょっと餘部に寄って来ました。
いったい、何をどうやったら餘部なんかに「寄れ」るのか、といった質問には一切お答えできません(笑)
餘部、と説明なしに書いていますが、兵庫県旧香住町(現香美町)にある、日本一美しい鉄橋のある集落です。
その餘部橋梁(余部鉄橋)が老朽化を理由に、コンクリート橋に替えられてしまいます。
2006年の2月、僕は餘部橋梁の素晴らしい情景をこの目でみたいと、当時住んでいた仙台から超強行軍で初めて訪れ、この橋に魅せられました。我慢できず同年の9月にも再訪しました。
それから2年ぶりに、この地を訪れました。その目的は、前回の訪問時にはまだ始まっていなかった新橋梁の建設工事がこの地にどんな変化をもたらしているかを見ることでした。
この日は、臨時快速「あまるべマリン」も運行されました。
すでにインターネットで知っていましたが、餘部橋梁と餘部駅は大きく変わっていました。
餘部駅のホームの鉄橋側やホーム下の通路には柵が設けられています。
かつての駅から下の集落までの道は封鎖されて、新しい通り道が整備され、その通路へ向かうのに線路をまたぐため、踏み切りが設置されています。これだけでも、今までの餘部駅とまったく違う異様な光景です。
柵で囲われた通路は鉄橋の下にまて伸びています。
そして、鉄橋に起きている巨大な変化としては、作業用の巨大クレーンの存在、さらには、鉄橋の隣に姿を現し始めた2本のコンクリート橋脚です。
これらが、いやがうえにも餘部の変貌を感じさせます。
前回の訪問の時に、今までの餘部の光景とはこれでお別れだという覚悟を決めましたので、それほどショックはありません。
今までのような美しい餘部の写真はその時に撮り納めしました。惜しむらくは、今回使ったニコンD3で撮りたかったということですが。
鉄橋は変わっていくとしても、餘部の集落ののどかな雰囲気は何も変わっていませんでした。
けばけばしい看板も店もなく、黒瓦の民家が立ち並びます。
子どもたちは元気に僕のそばを駆け抜けていき、歓声は集落に響き渡ります。ほかに邪魔する音がないのです。
周りを山々に囲まれ、橋の向こうには日本海。鉄橋がなかったとしても、素晴らしいところだと思います。
でも、やっぱりこの町には鉄橋が似合う...。
この日は休日。余部小学校の校庭では、子どもたちが野球をしていました。
子どもたちを見下ろすように、鉄橋を渡る普通列車。ゴォ...という轟音。変わらない風景です。ただ一つ、異様なクレーンを除けば...。
この日撮った写真のほとんどは、クレーンやコンクリート橋脚を構図の中に入れています。
これからは変わりゆく餘部橋梁の姿の記録が目的なのですから。もっとも、それらの異物を避けようにも、もう避けられませんが。
今後、ますます「今までの」餘部が小さくなり、「これからの」餘部が大きくなってゆくことでしょう。
いつまでも、いつまでも見ていたい素晴らしい風景の終幕が迫っています。
これからも、機会あるごとにこの場所を訪れたいと思います。
