若手実力派女優・貫地谷しほりの主演で、事前から期待されたNHKの連続テレビ小説(朝ドラ)「ちりとてちん」。
結論からいえば、あの「純情きらり」に迫るほど素晴らしい作品になっています。
NHKに、まだこんな作品を生み出す力があったとは。それも、東京局に比べやや見劣りがするという評価もある大阪放送局の制作で。
このままの調子でいけば、「ふたりっ子」を遥かにしのいで、BK朝ドラ史上の最高傑作となることは疑いありません。
初めてとなる福井県を主な舞台に、一人の女性が落語家を目指して成長する物語。
朝ドラとしては異例といえるほど自分に自信がなく、自己評価、自己肯定感の低いヒロイン・和田喜代美の少女時代から始まりました。
偶然同姓同名で、喜代美と対照的にいつもスポットライトを浴びる清海(佐藤めぐみ)との関係を通じてコンプレックスを強めていった喜代美。
祖父で若狭塗箸職人の正太郎(米倉斉加年)の言葉や友達の久ヶ沢順子(宮嶋麻衣)の激励を受けて、何とか自分の人生を切り開こうと大阪へ出て、偶然の出会いを通じて落語家の徒然亭草若(渡瀬恒彦)のもとでやがて修行を積むことになりました。
始めから小気味よいテンポで楽しく見てきましたが、喜代美の奔走で徒然亭の再興へ第一歩を踏み出した第7週あたりからは、毎日のようにテレビの前で涙、涙…。
「恋あり笑いあり涙ありの人情エンターテイメント」(制作統括・遠藤理史氏)という文句通りの展開になっています。
3年前の徒然亭一門会の寄席という晴れ舞台で、愛妻の志保が余命わずかであることを宣告されたショックで高座に上がれなかった草若。この一件以来大阪の舞台に出演することはできず、徒然亭一門は廃業同然となっていました。
喜代美は、散り散りになっていた弟子たちを草若のもとに呼び戻そうと努力します。
特に泣けたのは、ホームセンターのような店の店員として働いていた一番弟子の草原(桂吉弥)が、落語家の道に戻ることを決意するシーン。
妻と息子の颯太とともにそれなりに安定した生活を送っている草原は、今の生活を邪魔しないでくれと喜代美の頼みを断ります。
しかし、妻の緑(押元奈緒子)は「私と颯太は幸せだけど、まーくん(草原の愛称)の笑顔は見てないよ」と、草原が本当は心の奥で落語家に戻りたい気持ちを持っていることを知っていて、温かく背中を押します。
そこに、「せをーはやみー」と、落語「崇徳院」の一節を真似する颯太の声が響きます。
喜代美の熱意と家族の眼差しに勇気づけられ草原は、「われてもすゑにあはんとぞ思ふ」と、一度は決別した落語の道へ戻る決意をするのでした。
草若の家の向かいの居酒屋「寝床」で細々と始めた徒然亭一門の落語会。そこには、まだ高座に戻る決意の固まらない草若の名前はありませんでした。
草若が3年前に一門会を欠席した理由を誤解していたために草若と関係が断絶していた、息子で三番弟子の小草若(茂山宗彦)は、その理由を知ったあとの高座でボロボロと涙を流しながら「寿限無」を演じます。
亡くなった母への思慕と、父への屈折した感情を胸にしまい込んで、売れっ子芸人として虚勢を張っていた小草若の涙。こちらも泣けました…。
感情を抑えきれずに高座を降りた小草若に代わって、二番弟子の草々(青木崇高)が「お前が上がれ」と促されていたその時、ついに草若が、客席から高座へ…。スローモーションのこのシーンに思わず息を飲むほど、すでにこのドラマに感情移入していました(笑)。
四人の兄弟弟子の中で唯一、草若のもとを離れず、復活を夢見てきた草々。草若に稽古をつけてほしいと頼むと、草若は落語家に似合わないそのアフロヘアーを何とかしろ、といいました。
草若のそのセリフでようやく、気づかされました。落語家である草々がなぜあんな髪型をしていたのか。
「師匠がそういって下さるのをどれだけ待っていたことか」と涙をこぼす草々でした。
自分は何もなしとげることができないと思い込んでいた喜代美の奔走によって、徒然亭草若という落語家が甦り、徒然亭一門の再興が始まったのでした。
自分のことも変えられないと思っていた喜代美が人を変えていった。その時の喜代美はもう明らかにそれまでの自分から脱皮していました。まだ、そのことに気づかないだけでした。
ドラマの素晴らしさは当然ながら、脚本だけではなく俳優陣の目を見張る好演によって支えられています。
小浜の和田一家を構成する父・正典(松重豊)、母・糸子(和久井映見)、祖母・小梅(江波杏子)、叔父・小次郎(京本政樹)、それに序盤だけの出演だった米倉らはいずれも素晴らしい。
正太郎を演じる米倉の存在感は圧倒的。「一生懸命生きてさえおったら、悩んだことも落ち込んだこともきれいな模様になって出てくる」と、塗り箸になぞらえた正太郎の言葉はドラマを貫く重みがあります。
また、特に素晴らしいのは和久井。今まではどちらかとえいば清楚で可愛らしい女性を演じてきた和久井が、今回はゲンキンで落語家も真っ青のオトボケ母ちゃんを熱演。誰よりも喜代美を心配し、おせっかいだけど彼女を包み込む優しさに、こちらも心が温まります。
小次郎役の京本は色物キャラで一歩間違えれば物語の中で浮いてしまうのですが、人物配置と演出の妙、そして京本自身の好演によってスパイスのような効果的な存在になっています。
徒然亭一門の弟子たちを演じる俳優もいちいち素晴らしい。
草原役の桂は唯一本物の落語家で、師匠の草若より落語がうまいのが欠点か(笑)。面倒見がよく優しい兄弟子を好演する姿に、ファンになってしまいそうです。大河ドラマ「新撰組!」に出ていたことをすっかり忘れていました。
青木も、早くに両親を亡くし、草若と師弟愛に留まらず本当の家族のように強い絆で結ばれる草々役を熱演。ヒロインに最も影響を与える人物の一人です。
四番弟子・四草の加藤虎ノ介もクールで理知的なキャラクターを、小草若の茂山もさきほどふれた高座のシーンをはじめ、文句ない好演です。
そうそう、もちろん草若師匠の渡瀬恒彦も温かくて魅力的。他の一門の落語家を殴った小草若をかばって自分が殴ったと嘘をついた草々を叱り付けたシーンは珠玉でした。
その渡瀬は、ヒロインの貫地谷について「彼女は強敵。負けたくない」と語っています。
渡瀬をしてこういわせるとは、恐るべし貫地谷しほり。
三枚目、コミカルなシーンから、ぐっと胸に迫る表情まで、実に安定した演技。今、朝ドラアカデミー賞をやれば「純情きらり」の宮﨑あおいを抑えて最優秀主演女優賞になると思われます(笑)。
今回のヒロインにぴったりの彼女。彼女の演技力もさることながら、彼女をオーディションでヒロインに選んだことにも拍手を送りたいです。
最後になりますが、将来の喜代美の立場でナレーションを務める上沼恵美子も、落ち着いた口調でよい。スタッフロールを見るまで誰だか気づきませんでした。
オープニングテーマのピアノ演奏が松下奈緒ということに驚き。というか彼女がピアニストでもあったということに驚き。
佐橋俊彦の音楽がまた素晴らしく、物語の感動をいっそう盛り上げてくれます。