2007年9月アーカイブ

2007.09.30(日)

日記

DSC_7322.jpg 9月の最後を締めくくるのは、なんと納豆の話題です。珍しい。

 納豆は特別好物というわけではないものの、ご飯のおかずに食べるのはわりと好きですし、体にもよさそうなので、仙台で一人暮らししていた時もよく食べていました。

 仙台で暮らしていた時にいつも食べていたのが、写真の「川口納豆」です。
 一人暮らしを始めた時にこの納豆を選んだのは、ちょっと変わった理由からでした。
 スーパーに並んでいる納豆は、タレと辛子がついている商品が主流ですが、僕はこのタレが甘過ぎてきらいなんです。納豆は醤油で食べないと気がすまないんですね。
 その上、実は僕は辛子がダメなのです。なので、辛子は使わず捨てることになるからもったいないと。

 そういう単純な理由で、売り場の納豆を見回したところ、タレも辛子もついていないのはこの川口納豆くらいだったという記憶があります。
 川口納豆は、仙台では、みやぎ生協やダイエーで売っていました。

 この川口納豆、味もとてもおいしいと思います。
 売り場に積まれている、3つくらいのパックになっている大手(?)メーカーの納豆は、食べていると途中で飽きる気がします。要するに、あまりおいしくない。
 この川口納豆は、うまく言葉でいえませんが、豆一粒一粒の美味しさを実感できるような気がします。
 中国産大豆使用のものと、国産大豆使用のものとがあるのですが、残念ながら僕はまだ国産のものは食べたことがありません。

 さて、実はここからが本題です(笑)。
 川口納豆のパッケージを見ると、会社は宮城県栗原市一迫(旧栗原郡一迫町)にあります。
 初めて見た時、「ああ、宮城にも納豆を作っている会社があるのね」と思いました。

 そして3年ぶりに東京に戻った今月、亀有駅前のイトーヨーカドーで買い物をしながら、
「納豆でも買うかな…。東京に来たからあの川口納豆は食べられないんだろうな」と思っていたところ、なんと川口納豆がありました。
 喜んで買いました(笑)。

 どうやら、僕が知らなかっただけで、川口納豆はそこそこ有名で、おいしい納豆だと評価が高いようです。
 味もさることながら、このパッケージがいいじゃないですか(笑)。
 「なんといっても味はやっぱり」という小気味いいキャッチフレーズといい、手書きの文字といい、素朴な味わいのある、かなり僕好みのパッケージです。

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2007.09.27(木)

 先日のニコンの発表会「Nikon Digital Live」でD3を触った感想を書きました。
 今日はその中で書き漏らしたことにふれたいと思います。

 まず、AFの測距点です。これは従来の11点が51点へと大幅に増えたことが特徴です。
 ただ、気になるのは、測距点が中央に集中していることです。
 フルサイズとなったこととあいまって、周囲の測距点がない領域が結構広くあるように感じます。
 よく「日の丸構図」と、被写体をど真ん中に置く写真が工夫のないものとして批判されるように、主要被写体、もしくは最も焦点を合わせたいところが画面の隅とまではいわないにしても、左右あるいは上下に寄せることが非常に多くあります。
 その時に、この中央に集中した測距点配置で大丈夫だろうか?と不安も感じます。具体的には、僕の好きな祭りで踊っている人を撮る時などです。
 まあ、なんとかぎりぎり大丈夫かもしれませんし、大丈夫と思いたいです。

 測距点が中央に集中し、密度が高まっていますので、ピントが抜けることを防ぐ効果は高いと思います。
 実際、その場でニコンの説明員に測距点を中央寄りにした理由を尋ねると、そういうことでした。それも、ユーザーから多く要望があったからとのことでした。
 測距点が高密度であることは、3Dトラッキングで動く被写体を追尾するのにも好都合だと思います。

 次にRAW現像ソフトのことですが、D3のRAWデータはNikon Cpature 4では現像できないようです。
 これで、Capture NXへの移行を強制的に迫られることになります。NXはいずれは導入することは間違いありませんが、発売当初からバグの多さと操作性の問題で異例なほどユーザーの批判が強いソフトです。
 まだかなりユーザーが多いと思われるNC4にも対応させるべきだし、NXはユーザーの声を取り入れて徹底的に改善してほしいと思います。

 ほかに細かい点ですが、D3では10ピンターミナル端子のカバーがボデイに一体化されたものになりました。
 取り外し型だったD2H、D200ともに、僕は即、紛失しました(笑)。だから改善だと思います。

 また、仕様を見るとモニタカバーが付属されていません。高精細を誇る3インチモニタは強化ガラスを採用しているとのことで、カバーが必要ないくらい耐久性があるということでしょうか。そうなら、大歓迎です。
 僕は、D2Hのモニタカバーは気づかないうちに紛失。D200のほうは、この夏の秋田竿燈の撮影でヒートアップし、破損しました(笑)。

 同時に発表されたレンズ群の中で、標準と広角レンズが特に注目を集めています。どちらも発表会でD3やD300に付けられていて、撮影を試すことができました。
 AF-S NIKKOR 24-70mm F2.8G EDは、早くも素晴らしいレンズと賞賛を浴びています。
 広角のAF-S NIKKOR 14-24㎜ F2.8G EDは、フィルターが付けられないのが痛い。その理由で購入を回避するユーザーも多そうです。
 また、どちらも、重量と価格がネックです(笑)。

 以上はD3を触った感想ですが、それとは別に、フルサイズに移行することと従来の僕の撮影スタイルやシステムとの関係が問題になってきます。
 かなり悩む点もあり、慎重な検討が必要です。それについてはまた改めてふれたいと思います。

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2007.09.26(水)

D20_7578-m.jpg 今までこのブログで公表していませんでしたが、僕は2006年の6月から、色々なカメラ雑誌のフォトコンテストに作品を応募してきました。
 1年と少しのあいだに、10回入選することができました。

 応募を始めるきっかけは、僕の高校以来の友人であり、このブログきっての常連さんである、みつたけくんの何気ない一言でした。
 昨年の春に僕が訪れた、岩手県北上市の桜の名所「展勝地」での写真を拙サイト「Hoso's page」で特集したところ、みつたけくんがメールで「コンテストか何かに出さないの?」とつぶやいたのでした(笑)。

 僕は、子どもの頃から写真、カメラには何となく興味がありましたが、カメラやフィルム代は高いというイメージや、カメラの操作はとても難しいというイメージがあって、おいそれと写真に手を出すことはできませんでした。
 高校生の頃に、キヤノンのAPSコンパクトカメラ・IXYを買ったのが最初でした。それから時が下り、2001年に初めてデジタルカメラ(オリンパスのcamedia 700UZ)を手にしてから写真への意欲が増し、2003年には秒8コマという高速連写性能を持つニコンのデジタル一眼レフD2Hを買うところまでゆきつきました。

 写真を撮ることがとても好きになり、たびたび友人の結婚を祝う会でカメラマンを担当するようにもなっていきましたが、写真が趣味といえるようになってからはまだ日が浅いのです。
 写真に詳しい友人の薦めで「CAPA」(学研)というカメラ雑誌を読むようになり、そのフォトコンテストのページも目にしていましたが、自分が応募するということは考えたことがありませんでした。
 無意識のうちに、フォトコンというものは特別な、写真がとても上手い人が出すもので、まだ自分に関係あるものとは思えなかったのでしょう。

 そういう固定観念を打ち破るのは他者の何気ない一言だったわけです(笑)。
 2004年頃から撮影枚数が顕著に増えてきて、「作品」とよべるようないい写真も少しはたまってきていました。
 みつたけくんにいわれて、あらためて雑誌のフォトコンのページをパラパラとめくると、もちろんため息が出るような素晴らしい写真、これはかなわないというような秀逸な作品が並んでいるものの、同時に、「これなら僕の写真もいけるのでは?」という気持ちも感じてきました(笑)。

DSC_6564.jpg 僕が一番愛読する「CAPA」で入選することを目標に、「カメラマン」、「デジタルカメラマガジン」、「デジタルフォト」、「デジタルCAPA」(CAPAの姉妹誌、現在は「デジキャパ!」に改称)といったカメラ雑誌と、PC雑誌でありながらフォトコンコーナーがある「週刊アスキー」に応募してきました。

 まずはじめに、「週刊アスキー」で、展勝地で撮った桜吹雪の写真が「あと一歩」というコーナーに掲載されました(笑)。
 入選に届かなかったものの、「これならいける」と手ごたえを感じて、応募を続けました。
 「デジタルカメラマガジン」の2006年9月号(昨年8月発売)で、とても人なつこい猫の写真が佳作となり、初入選を果たしました。

DSC_6975.jpg 「デジタルフォト」の2007年3月号では、秋田の小町まつりの写真が「優秀作品賞」という2番目にいい賞に輝きました。
 「デジタルカメラマガジン」2007年8月号では、只見線での写真が佳作に入選。審査員は鉄道写真の大家である広田尚敬氏であり、僕の作品を広田さんが見て、コメントしてくださっていることそのものが感激でした。

 それなりに入選を積み重ねてきたのですが、いつも「本命」として一番気に入った作品を応募してきた「CAPA」で、なぜかどうしても入選に届きませんでした(予選通過は何度かありました)。
 ようやく、今月20日発売の10月号で念願の初入選を果たしました。それも、「3席」という3番目の賞をとることができました。

D20_1311.jpg 作品は、僕が2006年の春から1年間通った、くりはら田園鉄道(宮城県)の最後の日、今年3月31日の廃線の日の様子を4枚組みにしたものです。
 人と人とのふれ合いが温かいこの路線を見送る人たちの表情をとらえた写真で、鉄道ファンとして思い入れの強い作品であり、賞に選んでくださったことと、選者の写真家・ハービー山口氏の温かいコメントをうれしく思います。
 撮影当日の様子は、過去の記事で書いたとおりです。その記事の始めと終わりに掲載した写真もこの作品を構成する2枚となっています。
 上の写真は、中学生たちの演奏を聴いている地元の方々の様子です。
 なお、作品が掲載されている「CAPA」は、現在も店頭に並んでいます。興味のある方はご覧下さい(笑)。

 今まで入選した写真の中で、フォトコンテストを意識して撮ったものは1枚もありません。
 やはり、自分の感性の赴くままに、僕に強く訴えかけるものにこちらも寄り添って撮った写真が、結果としていいものになるのだと思いました。
 そして、フォトコンという形で、僕の写真がある程度評価されることで、写真に対して一定の自信をもつことができました。

 フォトコンへの応募をこれからどれだけ続けるかはわかりません。フォトコンへの応募、入選そのものにさほど執着しているわけではありません。
 今までの入選を励みに、これからも楽しく写真を撮り続けたいという気持ちだけは確かです。

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2007.09.23(日)

D20_7490.jpg 久しぶりの遊びの話題です。
 ニコンが、2年半ぶりにデジタル一眼レフのフラグシップ機の後継機種となるD3、D300を発表しました。高速連写機にいたっては僕が発売開始と同時に買ったD2H以来、実に4年ぶりのモデルチェンジ。待ちに待たされたニコンユーザーは今、喜びに沸き返っています。

〔↓D3を触った実感を早く読みたい方は、しばらく読み飛ばして下さい(笑)↓〕

 友人であり、カメラ仲間であるツヨポンからニコンの発表をメールで知らされたのは8月21日、僕が東京の新しい住まいの下見に来ている時でした。
 夜、実家に帰って楽しみにニコンのサイトを見ました。
 D3はついにフルサイズ撮像素子へ。それによって特に高感度時を始めとしてノイズの大幅な軽減、画質の大幅な向上を実現。連写性能は9コマ/秒に進歩。画素数は約1200万画素です。
 さらに、被写体の動きに合わせてフォーカスフレームも自動的に追尾するという3Dトラッキングという機能まで搭載してきました。

 ここ数年、ニコンは最大のライバルであるキヤノンに、フラグシップ機の性能で大きく水を開けられてきました。
 特に高速連写機は、2003年のD2Hがその1年ちょっと後にごくわずかなマイナーチェンジされただけで、現在では物足りない410万画素という画素数と、高感度時のノイズの強さが弱みになっていました。

 D3の登場でニコンは、キヤノンにつけられていた差を一挙に詰め、堂々とわたりあえるフラグシップ機を擁することになります。ニコンファンたちは溜飲を下げたことでしょう。
 D3はフルサイズ機ですから、キヤノンと比較すべきは、同じ11月発売予定のEOS-1Ds MarkⅢです。
 比べてみると、画素数はキヤノンが2110万画素なので大きく優っていますが、ニコンは意識的に画素数を抑え、画質の向上に努めましたので、この点は思想の違うカメラだということでしょう。
 連写はニコンの圧勝、AF測距点の選択のしやすさもニコンの勝ち。そして、今までニコンが完敗だったノイズの少なさについても、常用感度はD3がISO6400と、前評判どおりならここでもニコンの勝ちとなります。
 一方、ファインダー倍率やカメラ内のダスト除去機能はキヤノンの勝ちです。
 以前からニコンの圧勝だったバッテリーの持ちもおそらく優位は動かないと思われ、起動時間もニコンの勝ちです。
 最後に、とても重要なことですが、電源ボタンの位置や全般的な操作性はニコンの勝ち。そして、価格がD3の58万円に対して1Ds MarkⅢが90万円。大きな差です。
 これらをすべて総合すると、フルサイズ機においてニコンがキヤノンを凌駕したといっても過言ではないのではないでしょうか。

D20_7485.jpg 前振りが長くなってしまいました(笑)。
 21~23日まで、東京は丸ビル7Fで、D3とD300の発表展示会があり、色々時間をやりくりして行って来ました。

 D3を操作した実感ですが、一番の目玉ともいえる高感度時のノイズは確かにかなり少なく、ISO1600、2500あたりでも暗い会場で良好な画質を保っていました。
 これだけ高感度に強くなると、撮れる写真が変わってきます。仙台の冬の行事、「光のページェント」ではフラッシュを使うと雰囲気が壊れるのでISO1250くらいの高感度で撮ったのですが、D2Hではノイズが厳しく、プリントには堪えられませんでした。
 これがD3なら、素晴らしい作品をたくさん生み出せそうです。結婚式などのような場面でも同じことがいえそうです。

D20_7478.jpg 僕が次に注目する3Dトラッキングですが、これは実際の場面で使ってみないとなんともいえなさそうです。
 確かに、最初に合わせたフォーカスフレームから被写体がそれると追尾してフレームを変更してくれるのですが、追尾はあまり速いとはいえません。
 僕が撮るものでいえば、遠くのカーブを曲がってくる列車なら使えるかもしれませんが、激しく動く祭りの踊り手とか猫なんかだと手に負えないような気がします。
 この機能にはあまり過度な期待は抱かないほうがいいのでないかと思いました。

 最近やけにはやっているライブビューですが、僕はいまいちその必要性がわかりませんでした。ピントを厳密に確認したい場合などに有用だそうです。
 カメラを両手で高く持ち上げて撮る場合には確かに便利で、実際に試してみてわかりました。ないよりはあったほうがいい機能です。

 シャッターのキレはさすがD一桁機。音がちょっとD2Xに近くなり、僕はD2Hのほうが好きかなとも思いましたが、撮っていて満足感を感じる音であることには違いありません。
 A4以上の印刷にはちょっと厳しい400万画素のD2Hユーザーとして、後継機の登場は楽しみでした。D3を買うかどうかという問題ではなく、いつ買うかという時間が問題になります(笑)。

 この間、昨年D200を買い、今年パソコンを自作し、24インチのモニタを買ってしまい、餘部やら何やら遠征も続け、経済的には疲弊しています。
 なので、当分は買おうにも買えないので、あまりそわそわした気分ではありません(笑)。それに、色々と性能的に不足を感じるようになったとはいえ、僕の手元にはD2HとD200という素晴らしいカメラがあります。
 しばらくは資金をため、発売後の評判を見て、不具合の解消など熟成を待ちたいと思います。

D20_7516.jpg D3を導入することによって、僕もカメラとレンズのシステムをフルサイズに対応させていくことになると思います。
 僕の場合、持っているレンズの多くはフィルム時代からのレンズですからあまり問題はないと思いますが、トキナーの魚眼ズームが使えないのは痛い。
 まだかなり慎重な検討が必要です。

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2007.09.19(水)

日記

 東京への異動、転居から2週間が過ぎましたが、未だに生活が落ち着いたとはいえません。
 毎日の帰宅時間が仙台にいた時に比べて2~3時間遅く(仙台が早かったのですが)、自宅の片付けが大きく遅れています。

 未だに自炊できず、ほとんどすべて外食している状況。ちょっと予想しませんでした。
 今週末も出張。毎日忙しく、生活のすべてが落ち着くのは10月近くになりそうです。東京から仙台に引っ越した時は初めての一人暮らしだったにもかかわらず、その時と比べても大幅に落ち着くのに時間がかかっています。

 このブログ始まって以来、異例の長さで更新できない日が続いています。

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2007.09.10(月)

日記

 亀有での新生活が始まって1週間を過ぎたものの、まだまだ落ち着きません。
 まあこのブログも僕と友人との交流手段みたいなものなので、どうでもいいような雑感をつらつらと書いてみます(笑)。

 仙台に行く前に18年も暮らした東京ですが、3年ぶりに戻って来て1週間ではまだ色々と違和感があります(笑)。
 電車をどの駅で降りても、たいてい階段を下りるだけでもしばらく待つほどの混雑。
 通勤時間は仙台の6倍(!)になりました。そのせいで帰宅時間も今までよりずっと遅くなり、引っ越したばかりだというのに片付けが遅々として進みません。1週間が過ぎてもまだダンボールの山に囲まれており、不自由でたまりません。

 それにしても東京は巨大都市です。いまさらですが。人のにぎわいを見ると、北千住が仙台に勝っているんじゃないかと思います(笑)。亀有すらいい勝負の気がします。平日の午前0時頃で比べると、綾瀬のほうが仙台よりにぎやかな感じがします(笑)。

 2つある窓のうち、大きな窓には仙台の部屋で使っていたカーテンをそのままつけていますが、小さい窓のカーテンはまだ買っていませんでした。
 職場から割りと近いので、新宿のデパートや東急ハンズでカーテンを見てきました。デパートのカーテンはあまりにも高過ぎて話になりませんでしたが(笑)。

 新宿駅という「駅」だけで仙台よりにぎわっているような、相変わらずすごいところです。
 小田急デパートの中には千疋屋フルーツパーラーが、高島屋の中にはタカノフルーツパーラーがあったり、ボールペンの替えインクを買ったのが伊東屋だったり、東京に来たことを実感します。
 3年前まで普通に暮らしてたんですけどね。

 アパートの玄関外の表札の上あたりに電灯があって、夜になると自動で付くはずが、入居した始めから付きませんでした。
 玄関は奥まっているので暗く、鍵穴に鍵を挿すのも一苦労でした。4日昼に管理会社に直すよう依頼。しかし、その日の夜には直っておらず、5日の午後にも再度依頼すると、「オーナー様に連絡を取ってから…」となんだかぬるい返事。
 結局5日の夜にも直っておらず、キレてきました。こっちは玄関が暗くて困ってるんだ。
 5日の夜に管理会社に電話してみると、誰もいないと思ったら意外に一人社員がいたので、「早急に修理してください。今どういう段階なのか、進行状況を必ず連絡してください」といいました。
 すると翌日、出張で福岡に降り立った僕の携帯に、「ただいま現地で作業しております」との連絡が(笑)。やっと夜にドアを開けやすくなりました。

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2007.09.09(日)

ネコ][日記

D20_7382.jpg 9月2日の夕方、仙台から引っ越しの荷物が届き、僕の亀有生活が始まりました。
 その数日後にいきなり福岡出張があるなど忙しく、部屋をなかなか片付けられずに今日まできました。ダンボール箱に囲まれ、部屋の中をただ移動するだけでも大変。何をするにしてもいつもの数倍の労力を強いられるような状況です。

 今回は契約、引っ越しがぎりぎりで余裕がなかったため、新居でのインターネット開通も遅れました。ようやく昨日から利用できています。ネットがない生活がこんなに不便とは、あらためて痛感しました。

 今度のアパートは築年数がさらに新しく、亀有駅まで近く、そしてなんといっても風呂が追い焚き機能ありなのがいいところです。
 しかし、キッチンが以前に比べて非常に狭くなり、洗った食器類を乾かしたり、ちょっと物を置くスペースにも難儀します。ガスコンロも一口しかありません。頭上の食器棚やシンク下の収納スペースも以前の半分程度。料理がしにくくなりました。
 窓が北と西側(!)で、間近に隣家の壁が迫り、日当たりは最悪です。今日は晴れにもかかわらず、日中から電灯が必要なほど暗いです。玄関に行くほど外光が当たらなくなるので、外出する時は一度玄関の灯りをつけに行ってから次にキッチンの灯りを消さなければいけないという面倒さがあります。

 不便なところばかり書きましたが、これらに目をつぶってでも、8畳で新しく、亀有駅至近、追い焚きありという条件はとても魅力的なものです。ほかの物件と比べてここに決めた選択は正しいと思っています。

 アパートの周辺は小中学校もあり、子どもの声がよく聞こえます。街路樹や植え込みもあってほどよく緑もあり、雰囲気は悪くありません。
 少し歩くと、何匹か猫を見かけました。けっこうあちこちいるようです。でも、まだ仙台のミーゴほどの美人猫には出会っていません(笑)。

 前に書いたとおり、16年前、亀有駅北口方面に住んでいました。今度は葛飾区民として文字通り亀有の住民になりました。
 毎朝亀有銀座商店街を歩いて通勤することになるとは、思いもしませんでした(笑)。

D20_7392.jpg 16年前に住んでいたあたりに、今日やっと少しだけ行ってみました。昔から変わらず営業している店もあり、懐かしかったです。
 なじみのある東和銀座商店街(アモール東和、足立区)にも行ってみました。夕食に肉屋で焼き餃子を買ってみました。
 そのアモール東和で大柄な猫を見かけました。飼い猫のようで、近づいても逃げませんでした。

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2007.09.07(金)

D20_7360.jpg 福岡出張の2日目は、僕の誕生日でした。それも、年齢の10のケタが変わる、人生でも節目の誕生日でした(笑)。
 そんな日を故郷の福岡で迎えることができたのは、偶然とはいえ福岡との強い結びつきを感じます。

 今日は仕事を首尾よく終えて(笑)、午後に時間が生まれたので、僕が生まれ育った福岡市を歩いて来ました。
 昼過ぎに特急「ソニック」で小倉から博多へ。奇抜な内装デザインで有名な振り子式特急電車の883系です。座席の居住性はなかなか優れています。

D20_7295.jpg 博多から西鉄バスで中洲へ。昼ご飯に何を食べるか、選択肢は無数にありますが、数年ぶりに吉塚うなぎ屋本店でうな重を食べることにしました。
 珍しく豪勢にうな重の特上を。前回と変わらずとても美味しかったです。
 もちろん国産で肉厚のうなぎが、表面はカリッと、中はフワッとした食感。ご飯、タレと別に出てくるので自分でタレにつけてご飯の上へ。このタレも濃厚だし、なんといってもご飯がまた美味しいのです。
 どんなにうなぎがよくても、ご飯が柔らかかったりしたら台無しです。ここのうな重はご飯も最高。今のところ、僕が食べた中で一番美味しいうなぎ屋です。これで2400円なら高いとは思いません。
 今思えば、自分への誕生日のお祝いといったところでしょうか(笑)。

 うな重のあとも少し腹に余力があるということで、母が若い頃よく食べに行ったという、宇治金時のかき氷を目指して六本松にある「兎月」という和菓子屋へ行くことに。
D20_7304.jpg 吉塚うなぎ屋から猥雑な中洲歓楽街を抜けて天神へ出て、地下街を通って地下鉄七隈線に初乗車しました。天神南駅から六本松駅へ。昔は天神から六本松へ行くとしたらバス以外考えられなかったのですが。
 兎月のかき氷は山盛りな上に、金時がたっぷりでボリューム満点。うな重のあとではさすがに重く、店を出たあとしばらく胃もたれとたたかうことになりました(笑)。

 福岡に帰ると、毎回のように訪れるのが、僕と両親がかつて住んでいたところです。生まれて最初の記憶の地です。
 個人的な旅行であったり、祖父母の不幸であったりと、ここ10年くらいはほぼ毎年福岡に帰る機会があり、この思い出の土地にも何度も足を運んでいるのですが、今回は大きな変化が。
 昔住んでいたアパートがとうとう取り壊されて駐車場になっていました。最初に住んだ家がなくなっていたというのは寂しいものです。でも実は、そんな感傷にひたる余裕はなく、まだうな重と金時の胃もたれとたたかっていました(笑)。

D20_7341.jpg 昔通学したのと同じ道を通って小学校へ。小学校正門のすぐ近くに長らくあった文房具店は以前から店をたたんでしまっていた様子でしたが、最近まであった看板がはずされていました。これも寂しいことでした。
 子どもたちはとうに下校したあとの時間だったので、ちょいと学校内におじゃましてきました。自分の母校に立ち入るのも少々落ち着かない、いやなご時世ですが。

 バスで天神に戻り、いつものように福岡の老舗デパート岩田屋の地下でチロリアンと北島の丸ぼうろを購入。これがないと生きていけないお菓子です(笑)。
D20_7369.jpg 天神の交差点は相変わらず西鉄バスがひしめきあっていました。
 しかし、目の前を行く西鉄バスを見て今回僕は激しく落胆しました。方向指示幕(バスの行き先表示)がほとんどLED化されていたのです。見たところ90%以上でしょうか。
 僕は方向指示幕のLED化が大嫌いなのです。見比べてください。幕のほうが美しいとは思いませんか?(笑)。視認性も幕のほうが優れていると思うのですが…。
 本当に、僕は天神の交差点でがっくり肩を落としていました(笑)。

 仙台を名残惜しくも離れて、かつて暮らした近くの葛飾・亀有での生活が始まったと思ったら、故郷の福岡へ出張。状況の変化に気持ちがついていっていない感じもします(笑)。
 今回の記事を読んで、福岡に遊びに行ったと思われるかもしれませんが、とんでもありません。
 きちんと予定どおり仕事をして、それ以外の時間のできごとだけを書いてあるのです。どうか誤解なさいませんように(笑)。

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2007.09.06(木)

D20_7276.jpg 仙台から東京へ3年ぶりに戻り、新しい生活が始まっています。
 あの東北夏祭り巡りの更新ラッシュ以降、今度は異動・引っ越し準備「など」で猛烈に忙しく、ブログの更新が足踏みしています。ファンのみなさん(笑)、どうもすみません。
 東京に移ってからもあまりに毎日忙しいことに加え、自宅でまだインターネットへの接続ができておらず、更新できない状況でした。

 新しい部署に移ってまだ慣れない毎日で、帰宅しても時間がなく疲れていて部屋の片付けはいっこうに進んでいません。引っ越しして4日目にやっと食器洗剤やスポンジが発見されるなど、通常の生活がまだできていません。食器が洗えなかったので自炊もまだしていません。

 そんな状況の中、早くも出張を命じられました(笑)。出張先はなんとわが故郷の福岡。仕事で福岡に来るのは初めてです。
 福岡は福岡でも、今回の仕事先は北九州市の小倉です。福岡に8年住んでいましたが、実は北九州市を訪れるのは初めてです(!)。訪れるといっても、小倉駅と仕事先を往復するくらいですが…。

 今朝、航空機で福岡空港へ。相変わらず羽田空港は遠い…。
 福岡便は満員御礼。東京から福岡へ行く人ってこんなにいるのか、と思いました。
 航空券をとったのが昨日だったためか、座席指定も出遅れ、後方の真ん中という最悪の席になりました。
 寝不足なので仕事中に眠くならないよう、移動中に少しくらい眠りたかったのですが、そもそも航空機というものが落ち着かない。
 ここは僕の居場所ではないという感じです(笑)。その上、両端を別の乗客に挟まれ、座席は窮屈だし、一睡もできないばかりか少しも眠気を感じることができませんでした。

 いつものことですが、航空機を降りて空港を出てもしばらくここが福岡という実感がありません。
 つくづく、航空機というのは旅を実感させない乗り物です。全く好きになれません。
 対照的に、そのあと小倉に移動するために乗った列車の中では落ち着き、少し眠気に襲われました(笑)。

D20_7271.jpg とにかくいきなり福岡行きを命じられ、いつもなら故郷に帰ることを喜ぶのですが、今回は心身ともに余裕がありません。
 それでも、北九州に行くなら折尾のかしわめしを食べない手はない、と思いついて、ちょうど昼時に折尾駅で購入。
 鹿児島本線のホームで首から箱をかけたおじさんが駅弁を売っていました。今はほとんど見ることのできなくなってしまった光景ですね。
 小倉のかしわめしは3年前に食べたけど、折尾のかしわめしも美味。米沢の「牛肉どまんなか弁当」に豪華さでは一歩譲るけど、違った魅力があります。

 小倉のホテルは軒並み満杯のようだったので、今夜は工業の町、八幡に泊まっています。

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2007.09.01(土)

日記

D20_7252.jpg 昨日、3年間暮らした仙台のアパートから荷物を運び出し、とうとう僕の仙台での生活が終わりました。
 初めての一人暮らしをしたこの部屋への思い入れはとても深いものがあります。

 でも、異動が決まっても、荷造りを始めても、引っ越し当日が近づいても、なかなか仙台を去る実感が湧きませんでした。
 空っぽになった部屋を去り、今日東京に来てようやく実感が湧き、寂しさを感じています。

 仙台、東北で暮らした3年間について一口に振り返られるものではありません。
 明日から新しく住む部屋での引っ越し作業が落ち着くのはまだ先ですし、インターネットへの接続環境も一旦途切れてしまいますが、時間のある時に振り返られればと思います。

D20_7170.jpg 最近、猫のミーゴは子猫とともに毎日顔を見せてくれました。残念ながら、最初3匹いた子猫は、一番好奇心がありそうで僕への警戒心が薄かった子だけが残り、あとの2匹の姿はなくなっていました。
 写真のミーゴは少し前、24日に撮ったものです。

 昨日、アパートを後にする最後の時もミーゴが現れ、僕に擦り寄ってくれました。
 まるで僕を見送ってくれたようでした。

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最近のコメント

東京で書籍の編集をしております、坂田哲彦と申します: お世話になります。
(行ってきたぞ! 八ツ森(臨))
Hoso: 久しぶり! 仕事忙し
(2010 晩秋の京都、散り紅葉(7))
つよぽん: hosoさんこんにち
(2010 晩秋の京都、散り紅葉(7))
Hoso: 冨田さんコメントあり
(戦場のような日常)
冨田なおき: Hosoさん、初めて
(戦場のような日常)
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