2007年8月アーカイブ

2007.08.26(日)

鉄道

DSC_6809.jpg 東北に住んでからずっと行きたいと思っていた憧れの岩泉線についに行って来ました。
 昨日のエントリーに書いたとおり、岩泉線は全国一運転本数が少ない(?)JRの路線です。
 ここで僕が列車を基本的な移動手段として撮影するには、これ以上ない綿密な計画が必要となります。土曜の夜に前泊し、月曜の夜には仙台で予定があるので、実質1日半ほどの行程です。

 今朝は5時台に宮古のホテルを出て、山田線を経て岩泉線に初乗車。宮古から茂市経由でそのまま岩泉線に直通する列車でした。
 早速2駅目の岩手刈屋で下車。28分という短い時間で駅近辺でいい撮影ポイントを探しました。駅から歩いて15分ほどのところにひまわり畑を発見。もう時間もなくなってきたし、線路との距離も悪くないので、ひまわりとの組み合わせで列車を撮ることにしました。
 それが1枚目の写真。わりと気に入っています。

DSC_6875.jpg 次の列車で一気に浅内まで。一度押角峠を越えてしまうのが今日の計画のポイントです(笑)。
 浅内駅で近所の初老の男性が列車に乗り込んで行きました。列車の右に見えるのはかつてSL時代に使われた給水塔です。

 その上り列車をホームで見送ると、ここから岩泉線空白の8時間がやってきます(昨日9時間と書いたのはいい過ぎでした^^;)。
 このあいだをどう過ごすか。今まで僕が岩泉線訪問に二の足を踏んでいたのは、この問題が解決しないからでした。

DSC_7013.jpg 計画にあたって列車以外のあらゆる交通手段の可能性を調べました。そこで、浅内から町民バスで岩泉駅近くまで行き、その後タクシーで龍泉洞へ向かいました。
 国指定天然記念物で日本三大鍾乳洞といわれる龍泉洞を見学してきました。
 無数の鍾乳石を見て自然の力による造形のすごさに感嘆。40m以上に及び、世界有数といわれる地底湖の透明度は看板に違わず、光の届く限界まで透き通って見えました。
 コバルトブルーの水の色が美しく、一度は見る価値があるところです。洞の中は気温16℃ほどで、1時間近くいると寒くなりました。

 龍泉洞からバスで三陸海岸の小本へ抜けました。小本から三陸鉄道(初乗車)で宮古へ、ぐるっと周って一戻り。宮古で昼食に新さんま定食を食べ(焼きも刺身もうまかった!)、再び山田線経由で岩泉線へ。この路線のハイライトの押角を目指しました。

DSC_7090.jpg いわゆる「秘境駅」として有名になりつつある押角駅。周囲に人家はほとんどなく、大自然の中の駅です。岩泉線は鉄道沿線としては全国有数の熊出没地帯なので、熊除け鈴を足につけてコロンコロンと音を立てながら歩きました。

 国道340号線を40分かけて歩き、押角峠へ。視界が開けた地点からの眺めは餘部の時とはまた違う絶景。山間にレールがわずかに顔をのぞかせていました。
 あまりに絶景過ぎて、というより生長した木の緑が濃すぎて、肉眼で押角駅を確認することが難しく、最初にキハ52標準色を撮影した時には駅の存在を見つけられないという失敗を。

 悔しいのでその場でもう1時間待って19時近くの列車を撮ろうとしましたが、もちろん日没後で真っ暗。スローシャッターで撮ったら駅と列車の明かりが遠くでこうこうと光って、なんだかわからない写真になってしまいました。
 押角峠から駅までの帰路はさすがに心細いものがありました(笑)。懐中電灯を消すと月明かり以外に光がない世界。それでも行きより飛ばして30分で駅まで下りました。

DSC_7161.jpg 押角駅で列車を待つ30分も、今まで体験したことのない時間でした。駅には蛍光灯がついているものの、周りは闇に沈んだ森。熊が来ないよう時々鈴を鳴らしたりして列車を待ちました(笑)。

 明日の早朝も1本列車を撮って、仙台へ戻ります。岩泉線の雰囲気は、キハ52、58という古参の車輌とともに最高。無理してでも来てかったと思える旅です。

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2007.08.25(土)

鉄道

DSC_6762.jpg 引っ越しまであと1週間を切りました。東北を去る日が近づきます。
 仙台、東北への名残を惜しむ僕の気持ちを踏みにじるように、職場では「もっと早く引っ越せないのか」などとせかされるばかりでした。最近まで通常通り仕事をして、今月下旬にさしかかってようやく仕事と並行して物件探しをし、先日住むところが決まりました。
 入居の審査が厳しいので、物件を見ないうちに大急ぎで審査を進めてもらい、あとは契約書にサインするだけというところまで整えてから下見に行ったからよかったものの、不動産屋も「時間的に余裕がない」という今回の引っ越しです。これ以上「早く引っ越せ」といわれるのが信じられません。

 引っ越し準備に保障されたのはたったの2日。足りなければ夏休みの残りを使えという意味のことをいわれました。
 この組織の論理の冷たさと戦うべく(笑)、僕は意地でも夏休みを引っ越し準備に充てることをせず、前から絶対に行きたいと思いながら行けずにいたところへ出かけることにしました(笑)。

 今回僕が訪れるのは、岩手県の旧新里村と岩泉町を走る岩泉線です。
 岩泉線は前からずっと行きたいと思い、計画を立てようしてきましたが、とうとう今日まで実現できずにいました。
 それは、この路線があまりにも運転本数が少なく、計画が立たないからです(笑)。かつて僕は只見線の時刻表を見て、なんて本数が少ないんだろうと思ったことがありますが、岩泉線と比べたら只見線なんて甘っちょろく見えます(笑)。
 気になる方は時刻表を見てください。1日に上下4本しか列車が走りません。そのうち各1本は途中駅までです。
 8時から17時頃までの日中9時間以上の間、岩泉線には1本も列車が走りません。

 しかも、僕は鉄道写真派です。走っている列車を撮るためには、当然ながら列車を降りて歩かなければなりません。乗車や、駅乗降を趣味とする人より何倍も大変なのです。
 車で移動しておもむろにトランクからアルミケースを取り出す「ヘタレ撮り鉄」ならまだしも、僕は列車で移動し、駅で降りて歩いて撮影する、「正統派撮り鉄」です(笑)。
 この岩泉線の時刻表を前にすると、今までどんなに精力的に撮影してきた僕でも、計画を建てられず茫然と立ち尽くすような気持ちになりました(笑)。

 それでも今回、東北を去る前に意地でも行って来ることにしました。
 今日も仕事だったので、仕事を終えたあとに新幹線で盛岡へ。今回の旅とは全く関係ないけど僕が大好きな「米沢どまんなか弁当」を買って(この弁当が東北新幹線で売っているとは思わなかった)、山田線のホームへ。夜のホームにキハ52系の標準色が圧倒的な偉容を見せていました(笑)。

DSC_6777.jpg ディーゼルエンジンの唸り声、ジョイント音、汽笛を聞き、時折左右に大きく揺られて前泊地の宮古までのんびり2時間40分。途中川井駅で列車の連結作業も見て、僕にはあっという間でした。
 明日とあさっての1日半かけて、撮れる列車は4本です。これが岩泉線というものなのです(笑)。

 写真の1枚目は盛岡駅で、2枚目は川内駅での列車増結の一コマです。

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2007.08.24(金)

日記

 異動、引越しの準備のため、ブログの更新がほとんどできない状況が続いていました。
 直前まで仕事をさせられながらの東京の物件探し、荷造りや諸手続きなどでものすごく忙しい毎日です。
 幸せなことに、いろんな方々との送別会や飲みも多く、楽しくも仙台、東北を去る日が近づく寂しさを感じています。

 最大の懸案だった東京での住まい探しですが、ついに決まりました。
 実家は狭いので戻ることは断念し、1Kあたりのアパートを色々探していました。結局決めたのは葛飾区亀有です。

 僕の家は小学生の時に福岡から転居し、そのあと足立区の中で1回引越しました。
 最初に住んでいたのが、亀有駅から近いところでした。なのでとてもなじみの深い地域です。

 東京の物件探しというのはもちろん初めてで、その膨大な情報に疲れましたが(笑)、少しでも安い家賃、居間の広さ、それから風呂に追い焚き機能付きという厳しい条件を満たす物件は数えるほどしかなく(笑)、自ずと東京のかなり西のほうか、足立、葛飾といった東のほうになります(笑)。
 西のほうの物件もたくさん見てみましたが、西東京(田無、保谷)とか清瀬とか町田といった地名を見ていると段々心細くなってきます(笑)。逆に足立、葛飾方面の地名は僕をほっとさせました(笑)。
 小さい頃から親しんだ地域だと安心するものですね。

 足立区西新井駅近くと、この亀有の物件で迷いましたが、間取りの条件を最大の理由に亀有を選びました。
 同時に、さっきいった理由で亀有になじみがあること、国鉄・JR好きとして落ち着くということも理由の一つです(笑)。これで103系の轟音が聞こえたらもっとよかったんですが(笑)。

 子どもの頃に駆け回っていた地域に16年ぶりに住むというのはなんとも不思議な気持ちです。
 でも今は、懐かしい亀有に住むことへの感慨よりも東北を離れる寂しさのほうがずっと強く感じられます。

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2007.08.18(土)

鉄道

DSC_6585.jpg 今日は、山形県鶴岡市に住む僕の友人のツヨポンと、その彼女のMちゃん、1歳になる娘のひなたちゃんと4人で遊んできました。行き先は、山形鉄道フラワー長井線です。
 映画「スウィングガールズ」(2004年)のロケ地として一躍有名になった長井線のロケ地を巡ってきました。

 山形に住む友人のまかろにさんともご一緒する予定でしたが、とても残念なことにまかろにさんの体調が思わしくなく、ご一緒できませんでした。
 以前からまかろにさんとは長井線に一緒に行きたいですねとお話していたので僕も気落ちしましたが、本当に歯がゆくつらいのはまかろにさんなので、僕たちは前向きに楽しんでまかろにさんに報告しようと思い、そのとおり楽しんできました。

DSC_6546.jpg 山形から4人で奥羽本線で赤湯へ。1000円で1日乗り放題の「土・休日フリーきっぷ」を買ってまずは終点の荒砥まで列車に揺られました。
 事前にまかろにさんが白鷹町はそばがうまいと教えてくれていました。そこで、荒砥駅から車で少しのところにあるそば屋、「熊屋」で朝食にしました。
 東北夏祭り巡りの旅以来疲れで食欲のない日が続いていましたが、ここ数日は回復気味。とても美味しいそばで、追加を1枚頼んでも足りず、計3枚も食べてしまいました。僕が大食いのツヨポンと同じ量食べるとは…(笑)。

DSC_6641.jpg 荒砥駅の近くで長井線は最上川を渡ります。その最上川橋梁は、1887年に作られ、東海道本線の木曽川橋梁に使われていたものを1923年にここへ転用したものなのです。
 1枚目の写真がその鉄橋です。ダブルワーレントランスという錬鉄製の橋で、左沢線の最上川橋梁とともに当時の技術を伝える近代土木遺産です。

 長井線には、「スウィングガールズ」のペイントがされた列車が走っています。事前に運用を調べることはできなかったのですが、今日の旅では2回乗車する機会がありました。
 外装には、映画タイトルのロゴなどともとに、サックスを演奏する主演の上野樹里のシルエットが描かれています。
 車内には出演者らのサインも掲示されていました。

DSC_6715.jpg 途中下車し、映画のロケ地となった蚕桑―白兎間や、梨郷駅で撮影。梨郷駅では、僕は映画のシーンと同じように線路脇から超望遠でホームに停車する列車を撮ってみました。
 スウィングガールズたちが吹奏楽部のための弁当を持って降りたあの駅です。
 映画が撮影されてから4年。その間に運転士に駅名を知らせる標識の錆びがかなり進み、「梨郷」の「郷」の文字が読めないほどになっていました(笑)。

DSC_6747.jpg 山形へ戻ってツヨポンたちと夕食をとり、再会を期して別れました。
 東京に移るとツヨポンたちと会う機会も減るので寂しくなります。今度会う時は、ひなたちゃんもずいぶん大きくなっているかもしれませんね(笑)。
 この長井線にもまたいつの日か必ず乗りに来ようと思います!

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2007.08.12(日)

鉄道

D20_7067.jpg 今日は夏らしい素晴らしい快晴になりました。行きたいところがまだ山ほどあるのに、こんな日に家にいたらものすごくもったいないので出かけてきました。

 今日行ってきたのは、仙山線の八ツ森(臨)駅です。鉄道ファン、特に乗り鉄派、駅探訪・駅寝派、時刻表派にはわりと有名な駅です。
 なぜ有名なのか、なぜ僕がこの駅を訪れたのかというと、この駅は2002年以降列車が一度も停車しておらず、列車で行くことができない駅(なんという矛盾!)であり、かつ、国道などの幹線からはずれたところに位置するため、その他の公共機関や自家用車でさえ行くことが容易ではない駅だからです。
 そういう駅のことを、会社員で鉄道ファンの牛山隆信氏が「秘境駅」とよんでホームページで紹介しています。

 この八ツ森駅は仙台市内であり、仙台に住んでいるうちにいつでも行けるだろうと思っているうちに僕の東京への異動が決まってしまいました。
 今までの怠慢への反省も込めて、今日行ってきたわけです。

D20_7035.jpg 八ツ森駅近くの集落まで、仙台市営バスの路線があります。しかし、それは小学校の分校に通学するためのものなのか非常に本数が少なく、今回のような目的では実用的ではありません。
 今日は、作並駅に近い「ニッカ橋」という、ニッカウヰスキー仙台工場の前まで仙山線とバスを乗り継いで行き、そこから片道4kmの道を歩いて行きました。

 仙台市の気温が約30℃になった日中、照りつける太陽の下、カメラ機材をゴロゴロ転がしながら八ツ森駅を目指しました。時折自動車が横を通り抜けるほかは、歩く人などもちろん一人もいません。
D20_7040.jpg 歩くうちに何回も「クマ出没注意」の看板が。しまいには「さるが出るぞ」の看板まで出てきました(笑)。

 いよいよ八ツ森駅まであと少しというところまで来ると、「行止り」「立入禁」の看板が。道は続いているし、この先に駅があるんですけど…。
 僕は早足なので、暑さの中荷物がありながらも40分ほどでニッカ橋から八ツ森駅に着きました。

 昔り名残のある長いホーム。もちろん駅舎も待合室もイスも屋根もありません。駅近くには鉄道林がありました。
 駅の作並寄りには新川川(にっかわがわ)の清流が流れ、列車は轟音を立てて鉄橋を渡ります。

D20_7055.jpg 約1時間滞在して通過列車2本を入れて写真を撮りました。
 1枚目の写真は最近活躍が目立つトキナーの魚眼で。完全逆光ですが、そのほうがむしろ真夏の季節感を出せたのではないでしょうか。
 駅名標を適正露出にしたのでは太陽と空が真っ白ですから、かなり絞って大幅にアンダーで撮り、Nikon Capture(現像ソフト)でさらにアンダーに露出補正した上でシャドウ部分を少し持ち上げました。
 自分としてはわりと気に入った写真です。

 かつてあったスキー場の乗降客のために作られた八ツ森駅。今は停車がなくなり、いつ廃止されてもおかしくありません。
 後悔先に立たずとならないように、東京への異動を間近にして行ってきました。

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2007.08.09(木)

D20_6717.jpg 楽しかった旅が終わり、仙台に戻って来ました。
 今日は仙台七夕の最終日。日中昼休みと、仕事を終えたあと一旦帰宅して再び街へ出て、七夕の写真を撮って来ました。肉体的にかなり疲れていますが、もうしばらく見ることがないであろう仙台七夕の夜を見ておこうと思って行って来ました。

D20_6681.jpg 仙台七夕は、公式サイトによれば1927年に仙台商人の有志たちの手で七夕飾りを復活させたのを機に、途中戦争による中断を挟んで、商店街振興、そして観光イベントとして発展してきたものです。
 吹流しやくす玉、青竹に願い事を書いた短冊といった七夕飾りが仙台駅前から続く商店街のアーケードに飾られます。

D20_6813.jpg 人が踊る祭りが好きな僕にとっては少々物足りない七夕まつりですが、趣向の凝らされた多くの吹流しが時々吹く風にたなびくさまは仙台の夏の風物詩として完全に定着しています。
 知名度も高く、1日あたりの観光客の動員数はねぶたや竿燈などを圧倒しています。大規模都市の威力でしょうか。

D20_6886.jpg 七夕飾りは、商店街に軒を連ねる店舗が出しています。意匠を凝らした大きな飾りを出すということは、それぞれの店の威勢を示すことでもあるのでしょうか。
 そんな中、寂しい気持ちにさせたのが、今年6月をもって廃業した老舗書店「宝文堂」の最後の吹流し。「長い間ご愛顧ありがとうございました」の文字が揺れていました。
 仙台では、近年老舗がバタバタと倒産、廃業に追い込まれています。お茶の永楽園、アイエ書店(2005年)、額縁の森天佑堂(2006年)、そして今回の宝文堂です。特に、仙台の老舗書店はこれで金港堂書店ただ一つになってしまいました。
 ほかの都市にない立派なアーケード街は年を追うごとに、どこにでもあるチェーン店ばかり目立つようになっています。街が個性を失う一方であることを、仙台の人々は寂しく思っていることでしょう。

D20_6942.jpg 夜の七夕で異彩を放っていたのは、藤崎デパートが出している斬新な吹流し。透明な素材で作られ、中にはLEDで光る仕掛けが。昼に一度見ましたが、撮るなら夜にしようと思っていました。

D20_6965.jpg 午後9時ごろになると、あちこちで飾りつけを片付ける作業が始まりました。仙台七夕が終わる場面を見たのは初めてです。
 これで、盆を前にした東北の一連の夏祭りはすべて終わりました。

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2007.08.08(水)

DSC_6128.jpg 6日間に及ぶ東北夏祭り巡りの旅も、いよいよ最後の夜を迎えました。
 今夜は山形市の花笠まつりです。

 その前に、僕の申し出で、このブログにたびたびコメントしてくださっている友人のまかろにさん夫妻と大石田町で会い、昼食に名物のそばを食べました。
 山形から大石田まで車で1時間以上かかるので悪いなと思ったんですが、二人は快諾してくれました。
 以前にまかろにさんと鉄道撮影などで遊んだ時には彼女のほうが体調が思わしくなく、外に出かけるのはご一緒できなかったのですが、今回は3人で楽しめてとてもよかったです。
 食べたのは、大石田町の「きよ」というそば屋。ある人から教えられたのですが、期待どおりとても美味しかったです。

DSC_5768.jpg さらに、そのあと彼女のおすすめで天童市の「ボン・むらやま」という洋菓子屋でお茶を。窯出しプリンやチョコの濃厚なケーキ、いちごショートケーキをコーヒーとともに楽しみました。
 僕が旅の疲れからか食欲が減退気味で、ケーキをぱくぱく食べられなかったのは残念でした。大変美味しく、東北で有数のレベルだと感じただけに、紹介してくれた彼女にも悪いことをしました。

DSC_5851.jpg 山形入りし、花笠まつりパレードの終着点でもある旧県庁、現在県郷土館として公開されている「文翔館」を見ました。建築家の中條精一郎(作家宮本百合子の父)が中心となって設計し、1916年に完成したこの建物は、国の重要文化財となっています。
 ルネサンス様式、レンガ造りで中央の時計塔が象徴的な美しい建物です。山形市のシンボル的存在でしょう。

 建物の中を見学するうちに、あっという間にパレード開始1時間前が近づいたのでコース沿いに場所取りへ。
 パレードが始まり、僕たちが陣取った場所から振り返ると、踊り手たちの向こうにシルエットとなった文翔館が見えたので、まだ陽の残る時間に撮ってみました。

DSC_6314.jpg パレード開始から少しして、早めに帰宅するまかろにさん夫妻と再会を約してからも僕はその場所で撮影を続けました。
 ところが、僕の数m先に、小学生の女の子とその母親、祖父と思われるお年寄りの男性らの家族が、かなりパレードに近づいて見始め、僕は近づいてくる踊り手の撮影がまるでできない状況になりました。
 特にそのおじいさんはパレードと接触するくらい近づき、踊り手をうちわで扇いであげる始末(笑)。パレードに少しでも近づいて見たい気持ちもわかるし、そういうふれ合いもいいとは思うのですが、ほんの少しくらい周りの人のことを考えてほしかった(笑)。
 「パレードコース内に入るな」という実行委員会の「お願い」を極力守って撮影しているこちらとしては、そのおじいさんのような人が数m先に現れると、もうお手上げ。1時間近くにわたってろくにシャッターを切れない状態が続きました。
 その場から見渡す限り、そんなにパレードに近づいているのはそのおじいさんと女の子だけでした。 雰囲気から見て明らかに地元の人と思われました。

 子どももいるし、家族で見に来ている人たちに文句をいうのはできるだけよそうという思いで極限まで我慢し、こんなに人のことを考えない人のいるところで祭りの撮影なんて気分になれないと、撮影を中止して仙台に帰ろうかとさえ思い始めた頃、その家族らは次第に場所を変え、いつしかいなくなりました。
 そこからようやく気を取り直して撮影しましたが、今夜は非常にノリが悪く、これまでの祭り撮影で経験したことのない最悪のコンディションの影響を引きずったまま祭りの終わりを迎えました。

DSC_6038.jpg 花笠まつりは、戦後に県、市、山形新聞社などが、元来尾花沢市発祥である花笠音頭、花笠踊りを観光イベントとして山形市で開くようになったものです。
 やはり、踊りを見ていても、本場尾花沢の「笠回し」という、花笠を頭上にかぶるように素早く回す踊りが断然かっこいい。仙台に来てから毎年尾花沢の花笠祭りを見たいと思っていますが、いまだにかなっていません。ますます見たくなりました。

DSC_6220.jpg 花笠まつりが終わり、バスで仙台へ。久しぶりの帰宅です。
 いつまでも続けたいと思うほど楽しい旅で、東北の貴重な思い出になりました。
 ブログにコメント下さったみなさん、ありがとうございました(^^ 

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2007.08.07(火)

D20_6432.JPG いよいよ旅の最終日になってしまいました。寂しい限りです。

 今回の旅は祭りの撮影がメイン。カメラの機材はなかなかの重装備になってしまいました。
 今回持ち歩いている機材は次の通りです。旅が始まる前か序盤に書こうと思っていたのですが、時間がなくて今になりました。

〔カメラ〕
ニコン D2H(望遠=人物アップ用)
ニコン D200(標準、広角=人物・状況の全景用)

〔レンズ〕
ニコン AF-S DX Zoom Nikkor ED 12~24mm F4G(IF)
トキナー AT-X 107 DX Fish Eye 10-17mm F3.5-4.5
タムロン SP AF28-75mm F/2.8 XR Di
シグマ APO 100-300mm F4 EX IF HSM

〔フラッシュ関係〕
ニコン スピードライトSB-800×2台
ニコン スピードライト用アシストパック SD-8A

〔電源関係〕
ニコンD200の予備バッテリー×1個
ニコンD2H用充電器
ニコンD200用充電器
SANYOニッケル水素充電池(eneloop)単三×16本
SANYOニッケル水素充電池用充電器×2個
テーブルタップ(差し込み口4つ)

〔カメラ用メモリカード〕
CFカード4GB×2枚
CFカード2GB×1枚
CFカード521MB×1枚
LOAS製メモリカードリーダ

〔その他撮影機材等〕
三脚 ベルボン エルカルマーニュ645(鉄道撮影専用)
雲台 ハンザPROなんとか(型番失念、同上)
脚立(2段)
折り畳みイス

〔パソコン関係〕
Panasonic Let'snote R4G
同電源アダプタ
LANケーブル
Docomo FOMAとの接続USBケーブル

D20_6440.JPG 宿泊の着替えなどがほんのおまけになるほどの大荷物です。
 これを全部抱えると半日、いや1時間も持たないので、カメラバッグをカートに乗せて引いています。三脚もベルトを使ってカートのうしろに付けています(これはアウトドア用品店モンベルの仙台支店長さんにお世話になりました)。

 カメラが2台なのは、もちろん、激しい祭り撮影の時はレンズ交換する時間がないからです。この祭り巡りの旅にカメラ2台体制で臨むために、スピードライトをもう1台買い増しました。
 スピードライトの補助電源であるアシストパックも威力を発揮しています。これには単三電池6本を入れています。D2Hのほうのスピードライトに付け、夜の人物アップを連写する際に電力を途切れることなく供給します。これがなければいい写真を撮れる確率が半減するのではないかと思います。

 以前にブログに少し書いた、トキナーの魚眼を買ったのは今回の旅が直接の目的です。このレンズを買っておいて本当によかったです。
 秋田の竿燈の撮影を念頭においたのですが、まさに想定どおり、本番で大活躍しました。あの夜はしばらくD200につけっぱなしにしていました。

 この重装備に加えてカメラマンベストを着ているので、頻繁にプロカメラマンと間違われました。当然だと思います(笑)。ベストはできれば着たくないのですが、色々な小物を収納できる実用性のため、やはり必要でした。
 カメラ、レンズ、フラッシュ関係以外の荷物はすべてリュックで背負っています。結構な重さです。

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D20_6266.jpg 東北夏祭り巡りの旅、第5夜は秋田県湯沢市の七夕絵どうろうです。
 この祭りが唯一、今回の旅で見たことのある祭りです。そしてほかの5つの祭りと違って、「静」一色の祭りです。

 300年前の元禄時代、京都の鷹司家から湯沢の佐竹南家へ姫が嫁いできました。
 七夕絵どうろうは、その姫が京への郷愁を短冊に託して竹に飾り付けたことが始まりとも、あるいは姫をなぐさめるために始められたともいわれています。

D20_6289.jpg 幅、高さともに数mに及ぶ大きな燈籠に、黒髪の美しい日本女性の美人画が描かれ、中から灯りが灯されます。灯りは、昔はろうそくでしたが、今は蛍光灯です。
 その絵どうろうが湯沢駅周辺の商店街に吊るされ、夏の湯沢の夜を明るく照らす祭りです。

 今回の祭り巡りの中で最も知名度が低いと思われます。みなさんもご存知ない方が多いでしょう。僕も仙台に住んでから知りました。
 僕は2005年の夏にこの祭りを見る機会がありました。
 ねぶたや竿燈などのような動き、変化はないものの、優美な日本女性の姿を様々な場面で描いた絵どうろうはバラエティに富み、その美しさにしばし時を忘れて見入ります。

D20_6364.jpg
 今年の絵どうろうの圧巻は、鷹司家の姫が嫁いだ場面を想像して描かれた「お輿入れ」。船上の輿から顔を見せる姫と、周りの侍女たちが、通常の絵どうろう2枚に分けて描かれています。
 輿には佐竹家の日の丸の扇子の家紋が見えます。

 そのほかの絵どうろうも素晴らしいものばかりです。
 繊細であり、かつ力強い筆致。題材といい、構図といい、表情といい、どうしたらこんなに美しい絵が描けるのかとため息が出そうになります。
 絵の写真を撮るというのはなんだか単なる記録のようで、普段そういう機会はないのですが、この湯沢の絵どうろうにはカメラを向けずにはいられません。

D20_6306.jpg
 いつもはとても静かな湯沢の街ですが、七夕絵どうろうの期間中は市外からの観光客や、地元の中高生、子どもたちなどで道を歩けないほどのにぎわいとなります。
 いつもの湯沢の夜を知っている者としては驚くばかりです(笑)。
 小さな湯沢の街を絵どうろうが照らし、多くの人たちが絵どうろうを縫うようにしてそぞろ歩く、情緒漂うこの祭り。湯沢という街や秋田県南の雰囲気とともに僕は好きで、知名度に勝るほかの祭りに並べてあえて今回の旅先に加えました。

 今夜の逗留先は、湯沢から列車で3駅の横堀。合併前は雄勝町で、小野小町生誕と伝わる土地です。僕のHPでおなじみの「小町まつり」の開催地です。
 泊まっている旅館「小町荘」は昨年の小町まつりの時にお世話になりました(今年の小町まつりの時はは出遅れて予約が取れませんでした)。
 奥羽本線の列車の音が聞こえる、実に落ち着く宿です(笑)。
D20_6407.jpg 小町まつりといい、この七夕絵どうろうといい、秋田美人の本場中の本場、湯沢雄勝地域を象徴する祭りといえるでしょう。

 今夜は「静」の祭り。被写体を必死に追いかけるのでなく、自分のペースでゆったり撮影できると思っていましたが、実際はそうでもありませんでした。
D20_6423.jpg 素晴らしい絵どうろうの数々、1年で一番の湯沢のにぎわい、活気あふれる屋台の様子など、あれこれ被写体を追ってレンズを交換し、脚立に上ったり下りたり。今夜も体力使いました。
 旅館に着いて、今回の旅で初めて足を伸ばして風呂に入り、和室でゆったりしています。
 いよいよ明日は旅の最終日。山形の花笠です。

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2007.08.06(月)

DSC_5560.jpg いよいよ東北夏祭り巡りの旅も終盤にさしかかりました。
 それとともに、疲労もますます蓄積。毎日体力を使い、就寝が午前2時を回っているので当然です。

 今朝の起床は9:55でした。チェックアウト時刻を15分オーバーしました。
 てっきり疲労のために携帯電話の目覚ましに気づかなかったのかと思ったら、携帯をマナーモードにしていたためにアラームが鳴らなかったのでした。

 事前に立てた予定では、今日は午前8時頃の列車で男鹿線へ行き、数カ所で撮影のはずでした(笑)。そんな撮影予定はすべて中止(笑)。この旅に持ってきた三脚は一度も使うことなく仙台に持ち帰ることになりました(笑)。
 撮影は断念したものの、男鹿線完乗だけは執念で敢行することにしました。

D20_6227.jpg そこで、男鹿線に乗る前に、昨日雨で見られなかった「昼竿燈」を昼頃まで見ることにしました。
 久保田城跡の千秋公園の入り口で行われた「昼竿燈」では、町内や企業などの団体が勝ち抜きで妙技を競っていました。
 空は残念ながら曇り。青空の下の竿燈とはいきませんでした。しかし、差し手らの技を競い合いと竿燈囃子のリズムに、昨夜の興奮が甦りました。

DSC_5653.jpg 子どもたちによる「小若」の競技会もありました。竿燈は小さいけど、その技と身のこなしはもう大人顔負け。竿燈の上手な男の子が学校でも人気があるのでしょうか。女の子たちも囃子方として活躍していました。

D20_6250.jpg 秋田駅で買った「男鹿のばってら弁当」を車内で食べ、これが今日初めての食事となりました。
 秋田に戻って奥羽本線で湯沢へ。オールロングシートの701系に揺られて2時間です。列車は満員で立ち客も出ています。
 湯沢が近づくと、浴衣姿の高校生(?)が増えました。湯沢の七夕絵どうろうに行くのでしょうか。
 今、湯沢に着きました。

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D20_6122.jpg ここまで複数回のブログ更新をしてきましたが、あまりの疲れのためにペースが鈍ってきました(笑)。
 今夜は秋田。いつも仕事で訪れるばかりで、観光したのは今回が初めて。日中は佐竹氏の居城である久保田城跡や佐竹史料館を見てきました。

 台風はそれたものの、引き続き思わしくない空模様で、昼くらいまで秋田は雨が降っていたそうです。「昼竿燈」とよばれる日中の竿燈演技は体育館での開催に変更されてしまいました。
 疲れのため弘前をゆっくり出て、秋田に着いたのは14時。屋内での演技では興醒めで、だいいち終了まで時間がないので「昼竿燈」はパスしました。青空の下での竿燈も絵になるので残念でした。

DSC_5389.jpg あっという間に夜が来ました。会場となる「竿灯大通り」近くの路地を歩くと、あちこちの町内で竿燈の準備をしていました。
 竿燈が地面に横倒しされていて、一つひとつの提灯にろうそくを取り付けたり、雨に備えてビニールをかぶせたりしていました。子どもたちも多数参加しています。

D20_6142.jpg 今回の旅の中で唯一、今夜は有料観覧席券なるものをあらかじめ買っておきました。こんなものを買ったのは生まれて初めてです。
 竿灯大通りの中央分離帯に設けられたひな壇の観覧席。僕は電話予約で、とにかく最前列、つまり地面と同じ高さの席を選びました。
 上の段は遠くまで見通せるので、ゆらゆらと多くの竿燈が赤い炎を揺らすさまを見ることができます。しかし、差し手たちとの距離は遠く、一体感は全くありません。
 最前列であればこそ、時には差し手がすぐ間近まで迫ってくるし、超広角レンズを使って迫力ある写真を撮ることができます。

DSC_5470.jpg 差し手たちの竿燈の演技はそれはもう見事でした。町内、企業ごとの集団が大通りに整列し、竿燈囃子に乗せて男たちが演技を始めます。
 最大で高さ12mもある竿燈を手のひら、肩、額、腰に乗せます。差し手たちはいとも簡単そうに、竿燈を操ります。しかも、差し手が交代する時には継竹といって、竿を継ぎ足し、その度に1m以上も高さを増していくのです。

 竿燈にも大人のものと子どものものといった具合に大きさの異なる4つの種類があります。僕の目の前で演技していた中学生たちも「小若」とよばれる竿燈を大人さながらに額や腰に乗せていました。
 こうして世代から世代へ、技が受け継がれていくのですね。

D20_6203.jpg 今夜の演技も終わりに近づいた頃、一人の差し手が腰に竿燈を乗せながら観覧席のほうに近づいてきました。今日一番の接近で、迫力ある写真になりました。
 勢い余って、彼はこのあと僕のほうに突っ込んできました(笑)接触しましたが竿燈は倒れませんでした。
 あちこちで時々竿燈が倒れましたが、提灯が燃えるかと思いきや、むしろ火が消えてしまうんですね。

 秋田の竿燈、僕はかなり気に入った感じがします。腰に竿を乗せ、取り出した扇子で涼しげにあおいでみせる技などは見る者を引き込みます。
 唯一残念なのは、演技の正味時間が短いこと。19:30~20:30のたった1時間です。有料観覧席まで取ってこれではちょっと物足りないです。

 竿燈の差し手ばかりだけでなく、バックに流れ続ける竿燈囃子も素晴らしいものがあります。少ししっとりとした、耳に残る旋律でした。
 差し手は男だけでしたが、囃子方は女性がほとんどでした。

 全体の演技が終わり、ホテルに戻る道すがら、あちこちの町内に帰ってゆく竿燈や囃子方を見ました。秋田駅のそばではJRが、秋田西武前では西武の竿燈が囃子とともに21:30頃まで演技していました。
 いずれも見事な演技で、しばし見入りました。

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2007.08.05(日)

DSC_4988.jpg さすがに疲労がピークに達してきたようで、昨夜のうちにねぷたの記事を書くことを断念。今朝起床は9:55になってしまいました。
 規定時刻を少しオーバーしてチェックアウトし、ホテルの1Fで無線LAN接続してこの記事を更新しました。

DSC_4938.jpg 弘前に着くと、青森と比べて駅前も運行コース沿いもずいぶんのんびりムード。有名な祭りが開かれると思えないくらいでした。
 青森が2時間前の時点ですでに沿道のがほとんど場所取りされていたのに対し、弘前は場所によっては30分前でもなんとかなりそうな雰囲気でした。
 それでも、一部で地面にガムテープが貼られていて、祭りスタッフの本部らしきところがあったので「それは許されるのか」と問うたところ、「点字ブロックを妨げるなど通行に支障をきたす場合以外は一切関知しない」というへなちょこぶりで、拍子抜けしました。市民の良識に任せているということでしょうか。

DSC_4978.jpg 「ラッセーラッセーラッセーラー、ハッ」の青森に対し、弘前では「ヤーヤードー」の掛け声で、商店街をねぷた、囃子方が練り歩いて行きます。
 ハネトがいて動きの激しい青森と比べ、言葉が適切かわかりませんが、僕は優雅な趣きを感じました。
 太鼓、笛、鉦のリズムとこの掛け声は、「残したい日本の音風景百選」にも選ばれています。

 ねぷたは多くが扇型で、日本や中国の歴史的名場面などを描いた勇ましい絵の表面に対し、裏面には、官能的な女性の絵などが描かれています。
DSC_5062.jpg ねぷたはところどころで回転し、観客の拍手を誘います。高さのある大きなねぷたは、電線や信号機にさしかかると一部を折り畳んで進んでいます。

 21:00頃、2時間の運行が終わり、「ねーぷたーのもんどりこ、ヤーレヤーレヤーレヤー」の掛け声が響くとすべてのねぷたが来た道を戻っていきます。

DSC_5075.jpg 青森の時以上に観客の撤退のスピードが速く、驚きました。
 ねぷたが帰って行ってしばらくすると、人っこ一人歩いていないいつもの弘前の夜になりました(笑)。もっと飲み歩きの観光客らの姿があると思いましたが。

DSC_5265.jpg 初日の盛岡さんさからずっとそうですが、数多くシャッターを切れど、満足できるカットはわずか。なかなか撮影は難しいです。
 この弘前ねぷたも、しばらく観覧するうちに、撮りたい場面が少しずつわかってきたような気がします。
 それでも、激しくシャッタースピードを変える必要があり、ここまでの撮影で一番大変だったように思います。
 これから秋田へ移動します。

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2007.08.04(土)

鉄道

D20_5695.jpg 今夜は弘前市。ねぷたを見たあと一杯やってほろ酔いです。
 ねぷたのことを書く前に、青森で見た青函連絡船・八甲田丸の記念館のことを書こうと思います。疲れた体でブログの更新2ラウンド。今夜はコインランドリーで洗濯もしなきゃいけないし、寝るのは何時になるんだろう(笑)。

 祭り巡りの旅で疲れた体に、「鉄」分補給。津軽線の完乗を果たしたあと青森に戻り、青函連絡船の八甲田丸をそのまま係留して記念館にした施設に行ってきました。
 写真では残念ながら見えませんが、煙突の「JNR」マークが眩しかったです。

D20_5771.jpg 弘前へ向かう列車の時刻との関係で見る時間は1時間。展示物はかなりじっくり見る僕にとっては余裕のない時間でした。
 船内には客室の案内板など、当時使われていた表示類や航行に関するマニュアル類などが展示されていました。
 連絡船廃止を伝える新聞記事のコピーもありました。「『ボー』 むせび泣く連絡船」、「おやすみ“海峡の女王”」などと思いの込められた見出しにマジで目頭が熱くなりました。感情移入し過ぎ(笑)。
 特に、この「おやすみ」は、長年北海道と本州の交通に多大な役割を果たした青函連絡船に対する感謝とねぎらいが込められた、素晴らしい見出しだと思います。

D20_5798.jpg この八甲田丸は、1Fの車輌甲板に当時の車輌を保存して展示してある、世界的にも珍しい施設です。
 青函連絡船の車輌輸送の様子を今も見られるのはたまりません。しかも、保存してある車輌が「スユニ50」や「キハ82」だったり。「荷物」「郵便」の文字なんかしびれますから(笑)。

D20_5797.jpg 船尾の扉も見ることができました。ここから車輌が出し入れされました。
 この扉、二度と開くことはないのでしょうね。連絡船の活躍の姿、一度は生で見たかったです。

 展示されていた車輌の中に、「ヒ」という形式記号の車輌が。
 これは、岸壁から連絡船に積む時の可動橋に、重量の大きい機関車と後続の客車がいっぺんに負荷をかけないために、機関車と客車との間に何両か連結した、いわばダミーの車輌です。形式記号に「ヒ=控え車」というのがあることはうっすらと知っていましたが、その意味を今日初めて知りました。

D20_5801.jpg この八甲田丸、入場者数があまり伸びず、経営的に苦しいようです。
 昨夜から今朝にかけて雨が降りましたが、船長室などにはバケツがたくさん並べられていました。雨漏りの修繕さえできないということでしょうか。心が痛みます。

 船の外では、「津軽海峡冬景色」が流れていました。この曲は演歌の中で僕が最も好きな曲。あの哀愁あふれるメロディに、これ以上なくマッチした歌詞、「泣き」の入った石川さゆりの絶唱。すべてが揃っていました。

 さよならあなた 私は帰ります
 風の音が胸をゆする
 泣けとばかりに
 ああ 津軽海峡 冬景色

 阿久悠さんのご冥福をお祈りいたします。

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鉄道

D20_5714.jpg 旅の三日目にして朝から疲労が抜けません。ちょっと日程と行動がハードなようです(笑)。
 台風5号が北東北に接近していることに戦々恐々としています。今夜の弘前ねぷた、どうなるでしょうか。

 今朝は9時半頃に起きるのがやっと。雨が降っていることと疲労のため、1カ所だけ予定していた津軽線蟹田での撮影は断念しました。
 津軽線で三厩まで行って帰って来るだけの乗り鉄に切り換えました。

D20_5699.jpg 津軽線は中小国までは北海道への大動脈で、電化されています。青森からの列車は701系。蟹田からキハ40に乗り換えて、この旅で初めてクロスシートの座席に座れました。
 蟹田から三厩へ向かう列車にも意外と多くの人が乗りました。観光シーズンだからでしょうか。

D20_5747.jpg
 三厩に着いても駅の中を少し見るくらいの時間しかありませんでした。
 ここからは竜飛岬へのバスが出ています。本当は行きたいですがまたの機会に。
 これで津軽線も完乗となりました。

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2007.08.03(金)

DSC_4497.jpg 東北夏祭り巡りの第二夜、青森ねぶたです。
 知名度において日本で有数の祭り。見るのは初めてです。

 初めてなので、どのくらいの人出なのか、場所取りはどのくらい大変なのか計りかねていました。とにかく大変だろうとは思っていました。
 ねぶた運行開始の2時間前に駅前のホテルを出て、運行コースのほうへ歩き出しました。
DSC_4518.jpg コースの角ではねぶたが曲がり、その際にねぶたを大きく回転させる演技をすることが多いということで、なんとか角で場所を確保しようと思いました。
 コースは横に長い長方形の形なので、角は全部で4つ。青森駅に近いほうの2つの角は最も激しく混雑する場所だというので回避し、駅から遠いほうの角でなんとか場所を取れたら、と思いました。

 目的地まで行く途中の沿道はほとんど場所とりされている状態。店がイスを出しているところもあるし、ほとんど敷物が敷かれていました。ガムテープを地面に貼って場所取りしているところも多数。これはいつから占有しているんだろう?

D20_5588.jpg 運行開始1時間半前に、ホテル青森近くの交差点角に到着。交通規制されるまで1時間ちょっと待ってかなりいい場所で見ることができました。
 そこには青森中央短大附属幼稚園の父母の方たちが数人先にいらっしゃって、そのみなさんの敷物に座らせていただくことができました。それだけでなく、美味しいおにぎりや惣菜、缶ビールまでごちそうになり、本当にお世話になりました。

DSC_4680.jpg 歴史とともに巨大化したというねぶたが、男たちに曳かれてコースを進んでいきます。
 「水滸伝」や「平家物語」など故事や歴史の名場面を題材としたねぶたは、生で見るとやっぱり迫力があります。
 特に、角で見られたので、ねぶたによっては観客にかなり近づいて曲がるものもあり、観客からは盛んに拍手が起こっていました。

D20_5633.jpg 太鼓、笛、鉦と、日本の祭りで最もなじみ深い楽器による囃子に合わせてハネトたちが右足、左足で交互に着地するように踊り歩きます。
 普通の太鼓より遥かに大きい太鼓がそれ自体台車に乗って進み、その腹に響くような音が囃子のベースになっています。

 約2時間でねぶたの運行は終わり。あっという間でした。
 交通規制が解除されると、沿道の客席の片付けやボランティアスタッフによるゴミの片付けなどが始まり、一気に今宵の祭りはおしまいというムードが漂います。

DSC_4764.jpg ハネトたちのはじけ方は、まだまだ本気ではないような?やっぱり序盤。祭りが最高潮に達する5日、6日あたりは全然違うのかもしれませんね。

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鉄道

D20_5532.jpg 野辺地から大湊線に乗り換えて、終着駅の大湊まで行って帰ってきているところです。
 撮り鉄としては、ただ行って帰ってくることがもったいないですが、ここは乗り鉄に気持ちを切り換えます(笑)。

 野辺地から列車は下北半島へ。しばらくすると左の車窓に陸奥湾が見えました。
 大湊駅には「きらきらみちのく」車輌が停まっていました。

 列車は折り返し青森行きになりました。大湊で強制的に一旦下車させられると、改札には長い列が。乗客の多さに驚きました。列の最後尾に並び再び乗車。もちろんクロスシートの座席など望むべくもありません。
D20_5529.jpg 次の下北駅からまた多くの乗客が乗り、列車の座席は満席。立ち客も出ています。のんびりした閑散路線の旅を予想していましたが、窮屈な思いをしながら青森まで行くことになりました。
 列車の利用が多いことは喜ばしいですが。下北から青森へ行くこの快速列車は需要が多いのでしょう。今日は夏休みシーズン、ねぶたの当日でもあります。

 今回の旅は仙台を出てからここまでまだ一度もクロスシートの座席に座れていません。こんなことは予想しませんでした。クロスシート自体が減っているせいでもありますが。
 ともかくこれで大湊線が完乗路線に加わりました。

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D20_5524.jpg 昨夜友達と飲んでホテルに戻ったのが23時半を回り、それから写真を少し選んでブログを更新して、寝たのは午前3時近くになってしまいました。

 今朝はなんとか9時半近くに起きて急いでチェックアウト。開運橋を慌てて渡り、盛岡駅の改札口に上がるとまだ発車6分前。余裕があるので予定どおり駅弁を買いました。
 改札をくぐってホームへ…と思ったら、僕が乗るのは「IGRいわて銀河鉄道」。盛岡駅では、IGR線と花輪線は、東北本線などと入り口が少し違うのです。

 IGR線は、本来東北本線なのに東北新幹線の八戸延伸の際にJRの経営から分離されてしまって第3セクターになった区間です。
 そんなことは百も承知なのに、つい無意識に「東北本線」のホームに足が向いてしまいました。大慌てでIGR線のホームへ向かい、発車40秒くらい前に予定通りの列車に乗りました。
 好摩駅では女子高生が降りましたが、並行在来線の経営分離による運賃大幅引き上げの被害者の一人だな、などと思ったり。
 あらためて、JRと、自民、民主、社民の各政党に怒りがわきます(笑)

 滝沢、渋民、好摩と、石川啄木ゆかりの駅名を横目に、八戸へと向かっています。新幹線駅が併設されている、いわて沼宮内駅も在来線の駅から初めて見ました。もともと沼宮内駅なのに「いわて」とそれも平仮名でくっつけた変な駅名です。

 列車は一つひとつ駅に停車し、ぽつぽつと乗降客がドアをくぐり抜けて行きます。
 普通列車で東北を回る旅。新幹線とは違って、目的地まで一歩ずつ踏みしめるような実感があります。
 東北に別れを告げる旅にふさわしいものがあります。

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D20_5233.jpg 夏祭り巡りの旅の皮切りとなる盛岡さんさ踊りを見てきました。
 気温も高く、夏祭りの熱気にふさわしい天気になりました。

 祭りの特徴である太鼓と、笛、鉦がリズムを織り成し、岩手県庁前の大通りを祭りの参加者が埋め尽くしました。

DSC_3981.jpg もともと県内各地に伝わるさんさ踊りをもとに観光イベント化して今年で30年の祭り。
 参加団体の多くは企業や病院などの職場や学校ですが、各地域の伝統的なさんさの保存会なども参加しています。それぞれ囃子や踊りの振り付けが異なり、この祭りの中で特に個性を発揮しています。

DSC_4285.jpg 伝統団体以外で特に印象的だったのは盛岡大学です。人数が多いことによる迫力もさることながら、あまり散漫にならず踊りの統一感もまずまずだったと思います。
 なんといっても、元気よく踊りを楽しんでいる様子が伝わります。やはり若さは強力な武器でしょうか。

DSC_3869.jpg 全体的な踊りの技量がもう少し底上げされれば、より魅力的な祭りになると思います。
 見る前の予想に比べると、団体、あるいは踊り手個人のあいだで技量のばらつきが目立ち、統一感のある演技をする団体が少ないようにも感じました。
 「七夕くずし」の型を美しく踊る女性の姿をもっとたくさん見たいものです。
 今年の「ミスさんさ」や歴代のミスたちの踊りはなかなかのものでした。「ミスさんさ」がお飾りなどではなく、祭りの盛り上げ役として踊りの練習もかなり積んでいることを感じさせました。

DSC_4308.jpg さんさのあと、盛岡の友達と軽く酒を飲み交わしました。彼女とはゆっくり話ができたのは初めてで、あっという間に時間が過ぎました。
 店の女将さんは僕のカメラの荷物の多さに驚いていました(笑)。

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2007.08.02(木)

D20_5175.jpg 盛岡に到着しました。今日はかなり暑いです。
 駅のホームには南部風鈴が吊るされて、涼を誘っていました。
 駅前には観光客がたくさんいて、さんさの衣装を着た人たちの姿もあり、お祭りムードです。

D20_5179.jpg ひとまず駅前の盛楼閣で冷麺を食べました。もうすでに10回近く盛岡で冷麺を食べています。
 さらに、駅の中にある洋菓子店・タルトタタンにいって、プリン「啄木の朝」を1本購入。今夜寝る前に食べます(笑)。この絶品の味ともしばしお別れと思うと我慢できませんでした。

 さんさ踊りは今年30周年の記念の年。NHKの朝ドラ「どんど晴れ」の効果もあるし、人出が多くなるのではないかと恐れています。平日なのがせめてもの救いでしょうか…。

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 今日から7日まで僕は旅に出ています。
 盛岡を皮切りに、6日間ぶっ続けで東北各地の夏祭りを楽しむという道楽旅行です。東北に住むうちに必ず行きたいと思っていたのですが、一昨年、昨年ともこの時期仕事が忙しく行けませんでした(もっとも、一昨年は北海道ちほく高原鉄道へ、昨年は北陸と餘部に夏休みを使ったけど…)。
 今年こそは必ずと、前から少しずつ計画を進めていました。東京への転勤が決まって、結果的に東北最後の夏を飾る旅になりそうです。

 旅のスケジュールは、
 2日(木)盛岡市・さんさ祭り
 3日(金)青森市・ねぶた
 4日(土)弘前市・ねぷた
 5日(日)秋田市・竿燈
 6日(月)湯沢市・七夕絵どうろう
 7日(火)山形市・花笠まつり

です。
 僕は人の踊りが美しい祭りが好きで、特に今夜のさんさに期待しています。
 旅から帰ると、仙台では七夕祭りが真っ盛りです。
 さっきも、仙台駅では七夕の吹流しが飾られているのを見ながら出発しました。

 最近まで仕事が非常に忙しかったので、なかなか準備が進まず、今日の午前3時半までかかってしまいました。
 旅の始まりからすでに「肉体疲労」。リポビタンDが必要です(笑)。

 今回の旅のメインはなんといっても各地の祭りですが、サブテーマにはやはり鉄道があります(笑)。
 旅の移動はすべて在来線、しかも普通列車がメインです。鉄道オタクは、趣味の追求と交通費の節約が必然的に両立できるところが素晴らしいです(笑)。

 仙台から東北本線で盛岡、青森、奥羽本線で弘前、秋田、湯沢、山形と行き、仙山線で仙台へ戻ってきます。
 在来線だけで盛岡に行くことも初めてです。
 ぐるっと反時計回りの切符を買うことも考えましたが、今回は「北海道&東日本パス」を使いました。
 これは「青春18きっぷ」のJR北海道・東日本限定版みたいなもので、5日間在来線の普通・快速列車のみ乗り降り自由で、1万円です。
 新幹線はもちろん、特急に乗る時さえ、特急運賃だけでなくその区間の乗車券も別に購入が必要です。

 この切符を活用して、旅の中でところどころ寄り道をしてきます(笑)。
 3日に大湊線、4日に津軽線、6日に男鹿線の完乗を果たし、鉄道撮影もしてきます。
ただ、大湊線は時間がなく大湊まで乗って戻って来るだけ、津軽線も撮影は蟹田1カ所のみなのが残念です。やはり、祭りも鉄道もというのは無理ですね。
 この切符の有効期間は6日で切れるので、翌日からは新たに乗車券を買います。

 今日はいい天気。しかし、接近している台風5号がとても心配です。ねぶたや竿燈で悲惨な目に合うのではないかと…。祈るばかりです。

 仙台から塩釜、松島を過ぎて、水田が広がる品井沼、「一ノ蔵」で有名な松山町、小牛田、ラムサール条約指定湿地・伊豆沼に近い新田、廃線となったくりはら田園鉄道の駅舎と線路が寂しい石越などを経て、今、一ノ関に着きました。
 このブログも携帯電話を使って更新しています。今回の旅のためにDocomoに変えたようなものです(笑)。
 この旅の期間中、「日々雑感」としては珍しくアイドルのブログ並に(笑)同日中にも頻繁に更新していきます。ご期待下さい。

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