雪のない津軽の旅
18日~19日にかけて、「本州最北の民鉄」津軽鉄道に行ってきました。以前から乗りたいと思っていたストーブ列車です。
土曜日のうちに弘前に入って前泊(笑)。朝5時過ぎに起きて五所川原まで移動して津軽鉄道の旅の始まりです。
いくつかの駅で降りて撮影して、津軽飯詰という駅からストーブ列車に乗りました。
ディーゼル機関車に引かれた旧型客車が2輌。それだけでも鉄道ファンとしてはうれしい。1輌に1基、クロスシートの座席のあいだに設けられた黒いだるまストーブの熱気が車内に立ち込めます。
ストーブは予想していたより暖かく、そばにいると暑いくらいです。この日は日曜で、全国からの観光客で車内はごった返していました。2輌目の車両は団体客で貸し切りになっていました。
ストーブの上には網があり、するめを焼いて食べるのが定番となっています。
念願のストーブ列車乗車はかないましたが、色々と心残りもあります(笑)。
少しでも雪が降りそうな天気になるのを待って行ったのですが、結果は散々。この時期の津軽としては信じられない積雪0。昨年の同じ日には85cmありました。ストーブ列車には雪がないと物足りないものです。
なまじ雪が降りそうな天気を狙ったものだから、空は曇り。雲だか霧だかわかりませんが、「津軽富士」と名高い岩木山は旅の行程中まったく見ることができませんでした。
偶然の出会いもありました。ストーブ列車の車内に、カメラを小脇に津軽鉄道の資料を読みながらスタッフ(?)の男性と打ち合わせをしている女性カメラマンの姿が。
見覚えのあるお顔なので声をかけると、やはりそうでした。その方は非常に珍しい女性の鉄道旅行写真家・ライターの矢野直美さんです。矢野さんは一緒に写真に納まってくださいました。
同じ鉄道写真家として、特に非常に珍しい女性の鉄道写真家という点でも、たくさんお話したいこと、お聞きしたいことがあるので、できることならゆっくりお話したかったです。
これが「鉄道写真家」でなく、あこがれの作曲家とかスポーツ選手だったらいいのですが、ほかならぬ鉄道写真家ですから、当然そのストーブ列車そのものが取材の場であるわけです。
その取材の邪魔をするわけにはいきませんので、お話は遠慮しました。どちらにせよ僕も予定上すぐに降車したのでゆっくりお話することは無理でした。またいつか機会かあれば、と思います。
最近の市町村合併で五所川原市になってしまった金木町は、太宰治の出身地として有名です。
太宰の生家が記念館となっており、見てきました。斜陽館という名のこの生家は戦後、津島(太宰の本名)家が手放して旅館となっていたもので、10年ほど前に金木町が買い取り、1998年から現在の形で公開されているものです。
大地主だった津島家。ヒバをふんだんに使い、金箔塗りのふすまや幾種類もの欄間など、とても豪華な家屋でした。
津島家の6男という境遇が太宰の生き方に大きく影響を与えたようです。同じ屋根の下にいながら父とはほとんど交流がなく、普段から父のいる茶の間より板の間で小間使いの人たちと一緒に過ごすことが多かったとのこと。
一段高い茶の間との段差が太宰には越えられない壁のようだったこと、次第に学校の同級生たちの家の貧困の上に自分の暮らしが成り立っていることを感じ取ったという逸話など、作品に反映する太宰の生い立ちにふれることができました。
春には芦野公園の桜がきれいですし、雪景色のストーブ列車も宿題として残りました。これからも度々機会をつくって津軽を訪れたいと思います。
- キハ52・58系とお別れ──花輪線(2007/03/16)
- 雪よ、お願いだから降ってくれ(2007/02/16)




コメント (3)
こんにちは!
ストーブ列車のりたいなあ!!しかもすてきな出会いまで(^。^)/
ちなみに矢野さんのカメラは・・?
HPでは、Canonのキスデジみたいですが。
by ツヨポン | 2007.02.24(土) 13:39
日時: 2007.02.24(土) 13:39
Hosoさん、こんばんは^^
有名人(?)に会えたのは良かったねぇ。
斜陽館・・・国語の資料集で見たことあるな^^;
by みつたけ | 2007.02.24(土) 23:28
日時: 2007.02.24(土) 23:28
>>ツヨポン
ツヨポンは矢野さんて知ってたかな。カメラはフィルムカメラを使っていたみたいだった。機種まではわからなかったな。
>>みつたけくん
斜陽館って国語の資料集に載ってたったけ。それは覚えていなかった。
by Hoso | 2007.02.26(月) 23:18
日時: 2007.02.26(月) 23:18