2006年9月アーカイブ

2006.09.30(土)

 NHK朝の連続テレビ小説「純情きらり」が今日最終回を迎えました。脚本の浅野妙子さんが「今回は何もなしえなかった女性の人生を描いた」というとおり、これまでの朝ドラにはない結末になりました。

 今までこの「日々雑感」で何度も書いてきたので繰り返しはなるべく避けますが、今回の「純情きらり」は少なくともこの20年間の朝ドラで最高の傑作といえると思います。
 過去の朝ドラとは違い、戦争反対、民主主義と自由を守りたいというメッセージを強く出したものになりました。

 昨年、NHKが自民党の政治家の圧力に屈して番組の内容を改編していたことが明らかになり、大問題になりました。いま首相の座に就いたばかりの安倍晋三と自民党政調会長になった中川昭一が、日本の戦争犯罪に関する番組の放送中止を求め、結果的に内容が大幅に変えられたのです。
 このほか諸々の不正が明らかになり、NHKへの強い批判と受信料の不払いが広がりました。

 おそらく、今回の「純情きらり」をはじめ、最近NHKで良心的な番組がいくつか生み出されていることには、この強い批判が反映しているのでしょう。
 NHKの政府、自民党との癒着の問題は全く解決していませんが、プロデューサーがその問題を内部告発したことや、「純情きらり」が生み出されたことなどからは、現場に良心を持ったスタッフが存在することを感じさせます。

 浅野さんは、最近過去の侵略戦争を肯定する言動が強まっている状況に危機感を感じているといいます。
 NHKに介入した二人の超タカ派政治家が政府と自民党の中枢に座る今、この作品が生まれたことは偶然ではないかもしれません。

 前に書いたとおり、「純情きらり」は過去の作品と比べて、俳優陣の層の厚さが際立ちました。脇役、「チョイ役」に至るまで素晴らしい演技が見られました。
 それだけに、主役の有森桜子を演じた宮﨑あおいの演技力の高さをあらためて感じます。寺島しのぶ、室井滋、西島秀俊、新進の福士誠治など、きわめてレベルの高い脇役たちに囲まれながら、彼女は少しも負けていませんでした。遠くない将来に日本を代表する女優になるだろうなと思います。

 僕は8月の末頃を挟んで6日間に渡る旅行をしたとき、予約録画した「純情きらり」が5回分たまりました。
 従来の朝ドラは、正直いって5回もたまるとそれを見るのに少し苦になるものでした。しかし、今回は続きが楽しみで、たまったビデオを立て続けに見ました。

 最近の朝ドラと比べて、視聴率も好調のようです。安倍首相は見ていないかもしれませんが(笑)
 この作品のよさが多くの人に受け入れられているという状況に少し希望を感じます。

 「日々雑感」が一つの朝ドラを何度も取り上げたのも異例のことでした(笑)

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 NHK朝の連続テレビ小説「純情きらり」はピアニストになることを夢見たヒロインの物語ということで、劇中ではピアノの演奏シーンが多く見られました。

 特にクラシックファンである僕にとっては、ベートーヴェンなどのピアノ曲を演奏するシーンが魅力的でした。

 物語の序盤、有森桜子(宮﨑あおい)と松井達彦(福士誠治)が東京音楽学校を受験する場面では、二人がベートーヴェンのピアノソナタを練習するシーンがありました。
 桜子は第5番を、達彦はより難度が高いとされる第7番を演奏曲に選んでいました。二人の会話ではソナタの番号ではなく、作品番号でよんでいたようでした。

 ピアノの道と家業の味噌屋を継ぐこととのあいだで葛藤した達彦は自分の気持ちを激しく鍵盤に叩きつけました。演奏された曲はベートーヴェンのピアノソナタ第23番「熱情」や、ショパンのポロネーズ第6番「英雄」。収録時の演奏はピアニストか音大生が行ったようですが、福士自身も少しピアノを弾けるそうです。ピアノを前にした達彦の真剣な表情は素晴らしかったです。

 その「英雄ポロネーズ」を、達彦が出征してしばらくあとに「山長」で桜子が弾きました。音信不通の達彦はもう戦死してしまったのだと諦める達彦の母・かね(戸田恵子)は悲しみのあまり「あんたのへたくそなピアノなんか弾かないでおくれ」と声を上げます。
 「英雄ポロネーズ」がこんなに悲しく聴こえたのは初めてでした。

 達彦が出征する直前に二人が挙げた「結婚式」では、リストの「愛の夢」第3番を連弾。このドラマの中で最も幸せいっぱいの場面でした。
 その「愛の夢」を、かねが亡くなる直前に桜子が達彦の部屋で弾きます。命が尽きる間際のかねが桜子に「ピアノを弾いてほしい」と頼んだのでした。桜子がピアノを弾いていると、かねの枕元と桜子のそばに軍服姿の達彦が幻影となって現れました。
 達彦は戦死してしまったのか?──。「愛の夢」が悲しい旋律となったシーンでした。

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2006.09.27(水)

 日本ハムファイターズが本拠地・札幌ドームでの最終戦を勝利で飾り、今シーズンを勝率1位で終えました。
 現在最も優勝から遠ざかっているチームであるファイターズの躍進に、かつて18年間苦しみ続けた阪神ファンとして、何となく人事でない喜びを感じます。

 それになんといっても、あの阪神の暗黒時代にファンに喜びを与えてくれた新庄の存在です。新庄にどうか一度優勝の喜びを、というのが僕の願い(藪にも味わわせたい…)。試合後にビールかけをする新庄を見てうれしくなりました。

 ただ、あらためて思うのが、「プレーオフ制度のなんとつまらないこと」。こんな無意味な制度がなければ今日は日本ハムの25年ぶりの優勝が最後の最後で決まるというとても感動的な日だったことでしょう。
 プレーオフ制度のせいで、最後の1試合までペナントの行方を争うという緊張感もなく、優勝の感動も半分、いやそれ以下。本当によくもこんなつまらない制度にしてくれたものだと思います。
 今日勝率1位でビールかけをして喜び、仮にプレーオフを勝ち抜けばそこでやっと本当に優勝を祝う──。このへんてこで間抜けな二段構えが波消しブロックのように1年間の奮闘の末の喜びをかき消します。
 まあ、選手のみなさんや日本ハムファンのみなさんがそれでいいというならいいですが。
 こんなのがセリーグにも導入されるなんてため息が出ます。プレーオフのことを考えると暗くなるばかりです(笑)

 新庄は今日レギュラーシーズンの最後の試合にあたって背番号を「63」に変更しました。いうまでもなく、阪神入団時の番号です。
 夕方ごろにヤフーでこのニュースを見た時には「うわー!相変わらずやるなぁ!(笑)」と思いました。
 試合後の「引退」セレモニーでは、彼は大切にするグラブを頭に乗せてバックスクリーンを見つめていました。野球の道具をとても大事に扱った新庄。グラブにはタイガースの「TH」のマークと「63」が書かれています。

 いつも笑顔の新庄も、今夜のセレモニーでは多くの日本ハムファンが新庄を喜んで迎え、応援してくれたことに思いが及ぶと涙をこらえきれなかったようです。
 日本ハムにはぜひ優勝、さらには日本一になってほしいと思います。(もし日本シリーズの相手が阪神になったら…?)

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2006.09.26(火)

日記

 先日、国土交通省河川局が2005年の全国の河川水質ランキングを発表した。東京・足立区を第二のふるさととする僕は、いつもこのニュースを聞くと「やっぱりね」という気持ちになる(笑)

 水質のワースト5を見ると、3位に綾瀬川、4位に中川が入っている。綾瀬川は「全国一汚い川」として悪名高いが、今年は1位ではないようだ。
 小学3年の時に福岡から足立区に引っ越して来た僕にとって、綾瀬川と中川は非常になじみにの深い川だ(笑)

 なにしろ住んでいたところが「足立区中川4丁目」だった。「こち亀」で有名な葛飾区亀有と境を接するところで、中川は僕たちの遊びのエリア内だった。
 もちろん水が汚いし危ないので川に入ったことはないが、小学校のマラソン大会が開かれたのは中川土手だったし、自転車で何度も中川のそばを通り、あるいは橋を渡ったものだ。

 その後、足立区内で引っ越した先が、今度は綾瀬川のすぐそば(笑)。綾瀬川まで走って3秒、距離にして20mくらいのところに一昨年まで住んでいた(笑)
 特に夏場は橋を渡る時に異臭が鼻をつき、「全国一汚い」というのを実感した。引っ越して来た当初は綾瀬川の堤防やその上を通る首都高速、亜鉛工場の壁というコンクリートの無機質さに、「なんか暗いね」と母と話していたものだが、10年以上も住むとすっかり慣れ(笑)、近くには意外と植物も多いし猫もいるし(笑)、「住めば都」になってしまった。

 それはともかく、僕はこういう環境の悪いところで育ったのだ(笑)。04年のランキングを見るとワースト1位が綾瀬川で2位が中川。ワンツーフィニッシュである(笑)

 しかし、同時にいい知らせもある(笑)。綾瀬川や中川の水質は改善が見られるということだ。特に綾瀬川は過去10年間の水質改善度ランキングで堂々の1位である。
 どうして改善したのか知りたいところだ。

2005年河川ランキング(注:PDF形式)
http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha06/05/050922/03.pdf

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2006.09.25(月)

鉄道

 先週の週末から今日にかけて東北は秋晴れが続きました。おとといは庄内平野で羽越本線を撮って来ましたが、昨日も家の中でじっとはしていられませんでした(笑)。宮城県北部の栗原市などを走るくりはら田園鉄道に行ってきました。D20_2981_m.jpg

 「くりでん」の通称で親しまれるこの鉄道は利用客の減少に歯止めがかからず残念ながら来春に廃止されます。
 東北地方の主要な交通手段は自家用車。バス路線の廃止も各県で相次いでいます。
 極端にクルマ社会化しているところは日本という国の大嫌いなところです。

 沿線は金成耕土とよばれる宮城県内でも有数の穀倉地帯。黄金色に敷き詰められた稲穂の中を「くりでん」の赤い気動車がのんびり走ってゆく風景に気持ちがなごみます。

 今年の桜の季節以来「くりでん」を何度か訪れていますが、昨日は1両の列車に乗客が満員。都会の通勤電車並みの混雑に驚きました。廃止を前に訪れる人たちが激増しているようです。

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2006.09.24(日)

 先週は珍しく週に2回泊まりの出張がありました。1回目は盛岡市で、2回目は山形県の鶴岡市でした。D20_2817_m.jpg

 鶴岡では仕事が夜までかかったので泊まったものの、翌日は休日。例によって(笑)鉄道写真を撮って来ました。

 羽越本線で485系「いなほ」を。庄内平野は黄金色に染まり、まさに収穫の秋を迎えています。あちこちでコンバインが動いていました。
 幸い最高の天気に恵まれ、念願の稲穂と「いなほ」を撮れました(笑)。

 なお、本家の「Hoso's page」のほうも、せこくトップの写真を更新。色々と更新の要望をいただいてる(本当<笑>)ので、頑張らねば。

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2006.09.21(木)

日記

 ブログ化から快調に更新し続けてきましたが、ここで少しストップ。一昨日から昨日にかけて出張だったのと、また明日から明後日まで出張と忙しいためです。

 ここ数日少し気温が上がったものの、風は完全に秋風。夜になれば半袖ではいられないほど寒くなります。夏は一度去ったら来年まで帰って来ないんですね…。

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2006.09.18(月)

 今夜は宮城球場に楽天イーグルス対日本ハムファイターズ戦を観に行って来ました。
今季限りで引退を表明している新庄選手のプレーを最後に一度見ておきたいと思ったからです。

 新庄は、ご存知の通り阪神タイガースで11年間プレーしました。彼の在籍時は阪神の暗黒時代というべき低迷期でしたが、1992年にあと一歩で優勝までいった年に活躍。亀山や山田らとともに阪神の新しい顔となりました。
D20_2603_m.jpg
 今夜は阪神ファンとして、また同じ福岡の人間として新庄を応援しにいったわけです(笑)
 外野自由席は両翼とも売り切れ。しかたなく600円高いレフト指定席を買ったらなんと前過ぎて目の前が金網。新庄を撮るために持って来たカメラが役に立たないだけではなく、金網が邪魔でまともに観戦すらできません。こんな席を自由席より600円高く売る球場に腹が立ちました。
 2回表に早々とレフト自由席へ移動。指定席よりずっと高いとこなので、グラウンドとの距離は遠ざかったものの、ようやく金網をクリアして観戦できました。自由席は売り切れだったものの、雨のせいか空席も目立ちました。

 残念ながら新庄は目立った活躍はなし。打撃はいいところなしで、守備機会はわずか1でした。
 スタンドの新庄への声援はやはり大きい。楽天ファンも新庄の登場に拍手していました。
 阪神以外の球団どうしの試合を一人で観に行ったのは初めてでした。日本ハムに点が入るとファンは「おーい、おーい、北海道~♪」と懐かしのCMソングを歌っていました(笑)

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 TBSのドラマ「僕たちの戦争」を見ました。
 現代のフリーターと、太平洋戦争時の日本軍の航空隊訓練生とが入れ替わり、互いにタイムスリップしてしまうという異色の設定で戦争を描いた作品でした。

 60年後の日本に来てしまった訓練生の石庭吾一は、想像を超えたできごとに戸惑い、「自分は健太ではない」ということを誰にも信じてもらえません。
 しかし、健太の恋人である鴨志田ミナミ(上野樹里)と過ごす時間の中で、人を愛する幸せを知っていきます。

 一方の健太は、部隊の中で偶然ミナミの祖父・鴨志田祐司(玉山鉄二)と出会います。
 1945年8月15日、日本が敗戦してもなお沖縄で「徹底抗戦」を続けるという部隊の中で、祐司が人間魚雷「回天」に乗ることに。
 しかし、健太は「祐司が死んでしまっては現代にミナミが生まれてこない」と、強引に祐司の代わりに魚雷の中へ。

 最初は敵艦をおびき寄せて何とか自分も生き延びようとした健太でしたが、敵艦が自分の魚雷に目もくれずに祐司たちのいる部隊を攻撃しようとしていることに気づきます。
 現代では"チャラチャラ"した若者だった健太は、極限状況の中でミナミのために敵艦に突撃することを決意します。

 一方、現代で吾一は自分の名を刻んだ墓を見て、自分が沖縄で戦死することを知ります。
 吾一はそのことを胸に秘めてミナミと一緒に沖縄の海へ。「このままでは健太が代わりに沖縄で戦死する。過去に戻らなくては」という思いで海へ入りますが、過去へ戻る「扉」は見つかりません。
 次第に、「自分は健太だ」ということを受け入れてミナミと一緒に生きていくことを決意する吾一。しかし、吾一はもう一度入った海で溺れてしまいます。
 「健太、戻って来て…」。海を見つめるミナミのもとへ、笑顔で駆けて来るのは──。

 ラストシーンでは、溺れる吾一と敵艦に突撃する健太とが再び入れ替わって互いに元の時代に戻ったのか、それとも互いに入れ替わったままなのか、原作の小説でもわからないようになっているそうです。
 僕は、二人は再び入れ替わり、ミナミのもとへ走って来たのは健太だったと解釈しています。

 ミナミのためにあえて自分の命を犠牲にしようとした健太。戦争の時代にはかなわなかった、人を愛する幸せを知った吾一。それぞれの姿から戦争のむごさ、愚かしさを感じて涙が出ました。
 健太の眼を通じて、特別攻撃隊に我も我もと志願する若者たちの姿など、戦時の狂気の恐ろしさも現代に生きる僕たちに示されたと思います。

 二役を演じた森山未來の演技が実に素晴らしい。他の出演者たちも好演でした。

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2006.09.17(日)

日記][

 宮城県塩釜市の銘酒「浦霞」のひやおろしが発売されたので、早速昨夜は仕事帰りに近所の酒屋で買って来て一献。結構全国的にも人気で、早々と売切れてしまうという話も聞きますが、こんなふうに気軽に買えるのは地元ならでは。
 「浦霞」は仙台に住む以前からお気に入りの酒の一つです。

 そして、夕食は芋煮(というか豚汁)にしました。豚汁は昔から大好物。もちろん自分でつくりました。
 6年前、仕事で秋に山形県を訪れたとき、スーパーなどで「芋煮会の準備は○○で」「芋煮会の準備はOKですか」みたいな貼り紙を見かけて、「芋煮会」って何だろう?こっちの人の習慣なんだろうか?と思っていました。

 芋煮会は、宮城や山形で秋に里芋をはじめ野菜と肉を煮込んだ芋煮を囲んで楽しむことのようです。家族や仲間など大勢で、川原でやるのが乙のようです。
D20_2504_m.jpg 芋煮も色々と違いがあるようで、僕も詳しくは知りませんが、山形の庄内のほうは豚肉×味噌ベース、山形の内陸のほうは牛肉×醤油ベースだそうです。
 どちらもすごく美味しいのですが、強いていえば僕は庄内風が好き。豚肉大好きです。

 僕と僕の母は福岡出身なのですが、母がつくる豚汁は里芋です。世間では豚汁にジャガイモを使うこともあるようですが、うちは必ず里芋です。山形にゆかりはないですけどね。

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2006.09.16(土)

 NHK朝の連続テレビ小説「純情きらり」は、主役から脇役まで、素晴らしい俳優たちの魅力によって命を吹き込まれています。

 このドラマで主役の桜子とともになくてはならない存在の松井達彦を演じた福士誠治は、観る人の胸を打つ演技で今回を機に最も名を知られることになった俳優でしょう。
 老舗の跡取りという立場のせいで音楽の道を閉ざされそうになりながら、「自分は音楽をやりたい」と主張し、その思いを"熱情"的にピアノにぶつける姿。一途に桜子を見つめ続ける涼しげな眼差し。戦地で言語を絶する苦難を味わい、九死に一生を得て帰ってからも心の傷に苦しみ、桜子らに支えられて少しずつまた前を向いて歩いていく──。
 必要以上に激することなく、それだけに達彦の気持ちの動きを深く表す演技を見せていると思います。
 学生服、「山長」の法被、軍服と、それぞれがよく似合っていたのも印象的です。

 桜子と深いところで理解し合っている、画家の杉冬吾を演じた西島秀俊。一時期テレビの仕事から離れていたせいか、この俳優のことをよく知りませんでした。
 桜子や達彦のピアノのように絵を描くことを命のように大切にし、外からの力によってではなく自分の中から湧き出る意志で表現していくことを頑なに守り続ける冬吾の生き様は、人間の本質的な姿の一つを表していると思います。これは冬吾だけでなく、このドラマに登場する多くの人たちの中に流れていることだと思います。
 達彦と同じく、深い思慮で物事を見つめ、しばしば桜子の心の支えともなった冬吾。その反面、時々見せるとぼけた一面もまた魅力的でした。津軽弁もとても味わいがあって温かみを感じさせます。
 西島が話す方言とイントネーションはおそらく、地元の人や専門家にいわせれば本物ではないのかもしれませんが、津軽弁は本物にしてしまうと他地域の人は聞き取れなくなるので、デフォルメしてあるのでしょう。これは岡崎弁についてもそうかもしれません。ドラマの方言について「本物じゃない」とあまり細かく突き詰める必要はないのではないかと僕は思っています。

 福士と西島は、同性から見てもとてもかっこいいなと思える俳優。全国の女性ファンの心をつかんでいることは間違いないでしょう(笑)。

 訳有って手放した実の息子と時を経て再会し、母としての喜びを感じながらも息子の元からは身を引く、磯(桜子のおば)を演じた室井滋は名女優ここにありの名演。ただ単に涙を流すというわけではない細やかな演技に、胸を熱くしました。
 老舗の女将として達彦に厳しく当たり、「山長」を支えた松井カネを演じたのは戸田恵子。達彦は戦死したのだと思い、彼女なりのやり方で桜子の幸せを願って「山長」から追い出そうとしたところなど印象的。存在感がありました。長年のライバルである磯との掛け合いも見物でした。

 「純情きらり」は、俳優の演技力において脇役に至るまで史上最強の層の厚さを誇ったドラマだと思います。「山長」陣ではまず、朴訥な職人役が似合いすぎる塩見三省。「甘辛しゃん」を見ているのかと勘違いしそうになりました(嘘)。コミカルな味を添えた徳井優もよかった。
 音楽教師、ピアニストとして自分を通そうとした西園寺公麿役の長谷川初範。その西園寺に恩がありながら一度は期待を裏切ってしまったサックス奏者・秋山均役の半海一晃。戦乱の中で落ちぶれた姿を恥じるシーンでは、人間の尊厳というものを感じさせられました。
 桜子の祖父・徳治郎役の八名信夫、時代に翻弄されながらも泥臭く生き、周囲に明るさを与えてくれる画家・花岡八州治役の相島一之、達彦よりも早く戦場のトラウマに苦しみ、桜子の姉・杏子(ももこ)と結ばれる鈴村浩樹役の高橋和也、さらには、喫茶店マルセイユのマスターとして、桜子たちの喜びも苦悩もそっと見守ってきたヒロ役のブラザートムもとてもいい味を出していました。

 一人ひとりの人物が生きいきとした魅力を放っている「純情きらり」。俳優陣の力だけではなく、それを引き出す脚本と演出の力もあって初めて、テレビの前の人たちに感動を与えているのだと思います。

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2006.09.15(金)

 このブログのデザインは、公開後も細かいところを微調整しています。

 最初の公開時は、ブラウザの左にお気に入りなどのサイドバーを表示している場合は右端が少し切れてしまっていたので、横幅を修正して切れないようにしました。
 全体がウィンドウの中で左端のほうへ寄って表示されていたのを、常に中央に表示するようにしました。
 ブログの中のテキストを一部分ドラッグして範囲選択してコピーしようとすると、なぜかページの最後まで選択されてしまっていた不具合を改善しました。スタイルシートの中の"position: absolute;"の設定を解除することでその現象はなくなったのですが、どうしてそうなるのか、僕自身はちゃんと理解できていません(^^;

 ブログのデザインやロゴは自分で作りました。ただカレンダーは、とても僕の好みに合うFLASH素材を見つけることができて、使用させていただいています。
 タイトルバーは見ればわかるとおり自作です。「Hoso's page」のネコのページにも登場する猫たちを使いました。
 猫の写真だけではちょっと物足りないなー、と思って「足跡」をつくりました。デザインの能力はないのですが、色を合わせたいし、複雑なものでもないので、何とかPhotoshopで作りました。
 ブルーに塗りつぶした楕円を適当に変形させて角度を変えて並べただけ(笑)。猫たちの写真のそばに置くとそれなりに足跡に見えるから不思議です。
 「日々雑感」のタイトル文字は、当然ながらフォントの選定が問題でした。Photoshopで30以上のフォントを試してみて、採用したのは「小塚ゴシック」です。

 なお、このブログはInternetExplorerおよびFirefoxで動作確認済みです。Mac環境では未確認なので、Macユーザーの方には問題なく表示されているかどうか教えていただけると大変ありがたいです。
 Win/Mac問わず、ブログの表示についての不具合や「もっとこうしたら」と感じることがありましたら、いつでもご意見をお寄せ下さい。

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2006.09.14(木)

 4月30日の「日々雑感」でNHK朝の連続テレビ小説「純情きらり」について批評してから4ヵ月半が経ちました。まだ放送開始から1ヶ月足らずの時点で早くも「名作誕生の予感」と書きましたが、その後も期待に違わぬ展開。最終回が近いのが信じられません。これほど時間をあっという間に感じさせる連ドラは初めてです。

 前回書いた時点ではまだ垣間見える程度だった戦争への批判と、戦時体制に向かっていく中での言論・思想弾圧をどうドラマが描いていくのかが注目でした。
 ドラマは、NHKの制作したものとは思えないほど、この問題を描き出しました。主人公・有森桜子(宮﨑あおい)の姉・笛子(寺島しのぶ)が学校で「時勢に合わない」として「源氏物語」を教えることを禁じられる、東京音楽学校の教師で桜子の才能に注目する西園寺公麿(長谷川初範)が軍部から軍歌の作曲を命じられて苦悩する、桜子が東京で出会った画家の杉冬吾(西島秀俊)らの展覧会が特高警察に弾圧される──と、自由と権利が締め付けられて侵略戦争へと突き進んでいく当時の日本の状況が再現されました。
 NHKの朝ドラで戦争と当時の体制についてここまで踏み込んで表現した作品はありません。

 ドラマは桜子と、岡崎の味噌蔵元「山長」の跡取りである松井達彦(福士誠治)との恋を軸に進んでいきました。以前から桜子に思いを寄せていた達彦。競い合うように同じピアノの道を目指した二人はやがて、達彦が老舗の跡取りとやりたい音楽との間で激しく葛藤し、それを桜子が支える中で次第に距離を縮めました。東京のアパート「マロニエ荘」のピアノで「きらきら星」を連弾しながら、「私はずっと達彦さんの味方だよ」といってそっとキスする桜子。名シーンの一つでした。

 「山長」の当主である父の急死で音楽の道をあきらめて家業を継いだ達彦。達彦にも召集令状が来て入営、そしてついに戦地へ旅立ちます。出征の報を家族や周囲の人たちが一様に暗い顔で受け止め、「生きて帰って」と送り出す。こうしたシーンも今までNHKの作品ではなかなか見られませんでした。
 今回脚本を書いた浅野妙子さんも、「このドラマを書いているときも、『正面きって反戦をうたうと、たたかれるぞ』という雰囲気を感じることがありました。それでも、あえて伝えたいことは伝えたい」と語っています。
 
 達彦の去った「山長」を若女将として支え、やがて達彦の母で女将の松井かね(戸田恵子)とも心を通わせていく桜子。一時は達彦が戦死したのではと絶望に打ちひしがれ、東京と岡崎の空襲で戦火の中を家族と支えあいながら必死で生き抜いていきました。
 そしてついに、敗戦から1年以上が過ぎて、桜子は岡崎に生きて帰って来た達彦と再会。このシーンに「冬のソナタ」のラストシーンと通じるものを感じたのは僕だけでしょうか(笑)
 
 「戦地で戦友を死なせた」とトラウマに苦しむ達彦を支える決意をした桜子。周囲の人たちの力のおかげもあって、達彦が少しずつ自分を取り戻し、桜子に心を開いたシーン(9/14放送分)。目頭が熱くなりました。

 まだ書きたいことが残っていますが、長過ぎるので一旦ここまでにします(笑)。

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2006.09.13(水)

 とうとう夏が終わってしまいました。今日、仙台は18℃までしか上がらず、いよいよ秋が来たのだと感じました。僕が鉄道の旅から仙台に戻った時に、すでに秋風が吹いていました。
 このブログを開設した翌日に、名古屋のほうに住む友人からメールに「そちらはもう寒いですか」と書かれていて、その時は少しおおげさかなと思ったのですが、今日は「寒い」と感じました。つい、今までの延長線で背広を着ずに長袖のワイシャツで出勤したのですが、明日からは久しぶりに背広姿に戻ろうと思います。

 スーパーの売り場にはもうさんまや梨が並んでいます。今年の夏はすいかを食べるのを忘れてしまっていたので、先日ちょっと遅めですが買ってきて食べました。
 「寒い」という言葉から解放される夏という季節を、僕は大好きなんだなと改めて思いました(笑)。高校野球もあるし。これから寒い季節に少しずつ向かっていくことが怖いです(笑)。

 ブログ化から3日。コメントして下さったみなさん、ありがとうございます。もっともっとたくさんの友人たちが訪れてコメントしてくれるかと想像していたので少し寂しいですが(笑)、公開が日曜夜とタイミングが悪かったのだと思うことにします(笑)。 

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2006.09.12(火)

 「日々雑感」のブログ化を検討し始めたのは、今年に入った頃からでした。そこでまず考えたのは、どういったサービスを利用するかということでした。

 大きくは選択肢が2つに分かれました。「ココログ」「アメーバブログ」などのブログサービスを利用する場合と、「MovableType」というブログツールをサーバにインストールしてブログを構築する場合です。僕の場合、このどちらを選ぶことも可能でした。
 最近までブログにあまり関心がなかったこともあり、つい一ヶ月ほど前まで、「MovableType」とは何なのかさっぱり知りませんでした。「MovableType」は、サーバにインストールしてブラウザ上から使うブログツール。エントリーの投稿、コメント、トラックバックの管理などはもちろん、テンプレートを編集することで極めてオリジナリティの高いブログをつくることができます。

 前者と後者の利点と欠点を簡単に考えると、

【ブログサービス】
○利点
 (1)特別な知識を必要とせず、すぐにブログを始められる
 (2)用意されたブログデザインを利用することができ、デザインの変更が容易
○欠点
 (1)用意されたブログデザインを利用するため、オリジナリティを出すのが難しい
 (2)動作が重い
…特に、「ココログ」「Yahooブログ」「ライブドアブログ」が重い。中でも「Yahooブログ」は深刻なまでに重い。
 (3)データのインポート、エクスポートができないサービスも多く、ブログの引越しやバックアップを考えると非常に不安

【MovableType】
○利点
 (1)HTML、CSSなどを使ってデザインをかなり自由に作ることができる
 (2)レンタルサーバにもよるが、動作が軽快
 (3)データのインポート、エクスポートができ、ブログの引越しやバックアップも安心
○欠点
 (1)サーバを用意する必要がある
 (2)HTML、CSSのほかMTタグの知識を必要とし、初心者には敷居が高く、そうでなくてもブログを始めるのに一定の準備時間がかかる

といったところでしょうか。
 で、総合的に考えた結果、MovableTypeを使うほうが圧倒的に利点が多いと判断しました。
 ブログのデザインを作る上では独自のMTタグについても理解が求められるのですが、今までのweb制作の経験、HTMLとCSSの知識があるおかげで、理解は非常にスムーズに進みました。
 例の鉄道の旅から戻った4日頃から準備を始めて、1週間足らずで開設にこぎつけることができました。

 デザインを自分の思い通りにできるということは、その分大変なことでもありますが(僕にはデザインの知識も素養もない)、楽しいし、自分の納得のいくまで突き詰めることができます。
 本家の「Hoso's page」との親和性を高めるため、色を統一してなるべく違和感なく見ていただけるようにしたつもりです。また、できるだけ見る人の立場に立って、操作しやすく、見やすく、必要ないものは排するということを心がけたつもりです。
 ですが、なにぶんMovableTypeを使い始めてまだわずか1週間の初心者ですし、ブログも初めてですから足りないところが多々あると思います。ぜひみなさんに気軽に指摘、意見、要望などを寄せていただけたらと思っています。
 このブログについて、内容だけでなくデザイン面でも感想をお待ちしています(^^)

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2006.09.10(日)

 ついに、僕もブログを始めました。これまで「Hoso's page」の一角に書いてきた「日々雑感」を、ブログ化したものです。

 過去の「日々雑感」の記事はすべてエントリーとしてアップしてあります。この手作業がまた大変だったのですが(笑)。なので、今日から始めたブログなのに、2年前から続いているようにしか見えません(笑)。

 僕が今まで「Hoso's page」で色々な写真を掲載したり、「日々雑感」に書いたりしてきたことは、いわば「一方通行」でした。今回、初めて双方向的なコンテンツを持つことになったわけです。
 また、何かできごとなどをHPに掲載するにはある程度まとまりがないと難しいわけですが、ブログはその時々に何かを気軽に書いて公開するというツールとしても有効だと思っています。

 今まで「Hoso's page」をご覧下さったみなさんには、どうぞお気軽にコメントなどしていただければと思っています。
 これからもどうぞよろしくお願いします。

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2006.09.07(木)

 今日は僕の誕生日でした。29歳。いよいよ20代最後の1年が始まりました。僕にこんな時が来るなんて思ってもいませんでした(笑)

 これに合わせたわけではありませんが、近々ついにこの「日々雑感」をブログ化します。これまでに、「過去の記事を読めるようにできないか」「ブログにはしないの?」という声が寄せられてきました(笑)
 これまで、ブログ化について検討を重ねてきた結果(笑)、実現の運びとなりました。本当は今日公開できればよかったのですが、まだ準備が整っていないため、もう少しお待ちください。

 Hoso's pageにとっては、2004年9月の開設、05年12月のリニューアルに続く、一つの画期が訪れることになります。ブログ開設の段取りそのものについても今後書いてみたいと思います。

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2006.09.05(火)

鉄道

 6日間に渡る旅を終え、心地よい疲れとともに仙台に戻って来ました。
 今回の旅は、飛行機で伊丹へ→京都から湖西線で琵琶湖西岸→北陸本線で敦賀、福井、石川県加賀市、小松市あたりまで→来た道を引き返して京都から山陰本線で餘部へ→福知山線経由で大阪へ、という経路でした。

 この旅は100%鉄道のための旅でした。目的は明確で、

・「特急」といえばこれしかない485系が最後の長大編成、国鉄色で走っている「雷鳥」を追う
・日本を代表する鉄道風景である「餘部橋梁」(余部鉄橋)を、2月に続いて訪れる

というものです。ほかにも、東海道本線の高槻─山崎の大カーブ、トワイライトエクスプレス、北陸本線新疋田─敦賀の大カーブ、廃車の足音も聞こえ始めた419系の姿、など見どころは盛りだくさんでした(笑)
 カメラは愛用のニコンD2Hと、7月に購入したD200(購入したことを「日々雑感」に書いてなかった…)、レンズは6本と、大変な荷物になり、苦労しました。
 おおむね天気に恵まれ、琵琶湖沿岸や水田地帯、北陸トンネルを行く485系の美しい姿、初めて見るトワイライトエクスプレス、数奇な運命の419系への乗車などを楽しみました。
 あこがれの餘部には、実は今年2月に初訪問していました。なぜか「日々雑感」に書いていませんでした(笑)
 前回は寝台特急「出雲」が残念ながら廃止されてしまうということと、今年の秋にも橋梁の架け替え工事が開始かというニュースを聞き、いてもたってもいられずに駆けつけました。
 金曜の夜に仙台を経って土日を餘部で過ごし、日曜の夜に「出雲」に乗車して東京を経由して翌朝に仙台に戻ってそのまま出勤という、スケジュール的に(費用的にも)非常に厳しい旅でした(笑)それでも、今行かなければ一生後悔するという強い意志が、躊躇無く僕を行かせたのでした(笑)
D20_2337_m.jpg
 餘部訪問はその時が最初で最後、のはずだったんですが、夏の餘部もどうしても見たいという気持ちが抑えられませんでした。2月の餘部は雪とどんよりした日本海の風景でした。それももちろん餘部の風景の一つですが、夏の抜けるような空と青い海の餘部も見てみたかったのです。
 今回2回目に訪れて、また来て本当によかったと思いました。天気はこれ以上ないくらいの快晴。ちょっとした山に登って橋梁を俯瞰する地点にも行ってきました。
 山に挟まれるように立つ赤い橋梁をはるか遠くに見下ろし、さらにその向こうに水平線の果てまで見渡す絶景。下山する時に道を誤ってボロボロになる苦労も(ケガはなかった)しましたが(笑)、その苦労をするだけの価値のある素晴らしい景色でした。僕の今までの鉄道の旅で最高の景色でした。
 炎天下に一日中カメラを持って外を歩いていたので、別人のように黒く焼けました(笑)

 帰りに福知山線で尼崎で途中下車し、事故現場を初めて訪れ、献花してきました。献花台にはたくさんの花が置かれ、訪れる人が絶えないことがわかります。
 献花する僕に対して深々と礼をするJR西日本の職員、日曜ということもあってか静まり返った周辺、そこを減速して通過する福知山線の列車。そこだけ悲しい時間が止まったままのような場所でした。

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